猫と髭と夏の雨と


大衆食堂の中で、一際に違いが判る女性とは逆の男に、当然の如く周りから視線が注がれた。
恐らく、どこを見ても柄の悪いヒモで、綺麗な彼女に飼われた図式が出来上がっている。

「いただきます」

目の前では相変わらず、興味の無い顔で食事に手を合わせて箸を進め、此方も前に習えと詰め込みながら彼女を眺めていた。

それは、切り取れないほどの優雅な所作で、呆然としたところへ、不意に彼女が口元を指して笑い掛けて来る。

「御飯粒が着いてる、子どもみたい……」

探る合間に手が伸びて口へ運び、軽い態度を気にして誤魔化す。

「ベタだな」

「髭のせいだよ」

此方を少し茶化したあと、彼女は静かに箸を置いて続ける。

「誰かと食事をしたの久しぶり」

「その相手が俺」

「誰と食べるか、って大事だと思うけど、私だけか……」

自虐で返すと、此方を眺めて思わせ振りに頬杖を着く。

「お前は選び放題だろ、イケメンの俳優とかモデルとか」

向けられた眼差しに居た溜まれず、視線を逸らしながら煙草に火を点け、吐き出した煙りで濁した。

互いに気まずい雰囲気で間を空けると、まぁ、否定はしないけど……、と前置きをしたようにポケットから飴を取り出し、手にした物を見つめたまま。

「そう言う人より、健ちゃんや木崎と食事する方が好きだし、楽しい」

明るい口調で応えてから、包み紙を丁寧に剥き、口に含むと同時に黙り込む。

「ふーん、出会いを棒に振ってるんだ、勿体ねぇ」

悪態を吐いて見ると、此方へ顔を向け、ただ笑い返した。