猫と髭と夏の雨と


自宅へ帰ると、直ぐに窓際へ腰を下ろしながら、煙草に火を点けてくわえたまま、デジカメに保存された映像を眺め、使えそうも無い写真を前に溜息を吐く。
唯一の表情を指先で止めると同時に電源を落とした。

アパートへ向かって来る人の姿が目の端に横切って行く。
この後は用意された決まりに此方が従い、食事をして施設で行為を終え、そして別れる。
まるでライン工場の作業員みたいだ、と思えた。

南穂はチャイムを一度だけ鳴らし、扉を開けるなり、必ず声を掛けて来る。

「なんだ、居るじゃない」

日常の過ごし方を知りながら、いつも此方を試す。

どこ行く?と訊いても、貴方に任せるわ、と返され、俺は近所の定食屋で良いよ、と言えば、雰囲気くらい作ってよ、と鼻に付いたような顔で腕を組む。

次の言葉に行き詰まり、不機嫌な態度に黙ると、呆れた声が飛ぶ。

「もう良いわ、そこで……」

二人で食事をしても態と溜息を吐き出し、目線すら合わせない。
ただ、旨みの無い物を咀嚼しながら飲み込むのを、互いに繰り返していた。
特に責めることや宥めるなどはしないが、時折は気持ちの隅で思う所がある。

「なぁ……」

「なに?」

「結婚、する?……俺達」

「本気で言ってるの?」

軽く息を吐いて少し悩んでから、したくないの?と聞いた。