猫と髭と夏の雨と


帰ろう、と言ったはずなのに、出来たばかりの資料館の前で足を止め、赴くままに中へと進み出す背後を着いて行く。

せめて一枚でも、と思っていた。

進化の過程を眺めながら毛深い種族の前で目を止めると、似てる、などと笑いながら此方を手招きしている。

軽く手を引かれて展示物の前に並ばせた途端に見比べて吹き出し、終には腹を抱えた状態で堪えきれずに大口開けて笑っていた。

その顔を見た瞬間に初めてのシャッターを切る。

「それ貸して……」

奪い去る間際で吐き、此方に構えると直ぐに音が鳴り響く。

「完全一致」

尚も絶えない顔で肩を寄せながら画面を向けてくる。

「似てねぇよ、ばーか」

悪態を吐きながらも、原住民を背にした映像と隣で笑う姿に口元が綻ぶ。

「はい、あとで送って。それで十年は笑えそう……」

戻された物を手元に頷き、愛想笑いを返していた。

「もう本当に行かなきゃ、ありがと、付き合ってくれて」

静けさが漂う建物内に声が落ち、細かい粒のように聞こえる。

「いや、仕事だから」

真っ当に追えても無いのに、偉そうな口振りで装う。

「お疲れ様でした。またね、お髭さん」

けれど、一枚上手(うわて)の人に立ち尽くしたまま。

去り際でポケットへ何かを忍ばせる仕草が不覚にも鼓動を突いた。