「本選の曲、チャイコフスキーの『懐かしい土地の思い出』はリリィが本選に弾くはずだった」

「マジものの仇討ちだったんだな。で、ピアノは?」

「だから、緒方と……彼女と一緒に挑戦したかったんだけど」

「それだけ? 周桜宗月Jr.のレッテルを剥がしたい、どうだ?」

「そうだな。そちらも僕にとっては重要だ」

「正直な奴」

「いつまでも父とセットで呼ばれたくないからな」

ミヒャエルは詩月の表情が父親の名前を出すたび、強張るのを感じている。

留学間もない頃。

詩月が大学のサロンでピアノを弾いた時も、詩月は「周桜宗月Jr.」と呼ばれたことに反発し、「周桜宗月は2人いらない。僕は第1の周桜詩月だ」そう宣言した。

詩月が留学当初、ミヒャエルがバイトをしているBALでは、常連客が周桜宗月と詩月のピアノ演奏を比較していた。