LIBERTEーー君に

何という表情をするのか。

エィリッヒは詩月のピアノを1年半余り指導してきて、初めて見る詩月の仕草に、戸惑っていた。

「あの表情は、若い時のクレアにそっくりだな」

ハインツが宗月の耳元で囁いた。

「そうだな。俺は詩月のあんな顔、初めて見るよ。日本に帰っても忙しさにかまけて、詩月とは殆ど一緒に居られなかった」

「君たち親子は、お互いを知らなさすぎる。全く。クレアに詩月のことを任せっきりだったんだな」

「確かにな。クレアには頭が上がらないな」

宗月とハインツが話す中、詩月が奏でているのは、カノンだった。

バッハのフーガから始まり、再びバッハの曲に戻し、今度はカノンを演奏していた。

詩月はフーガとカノンの違いと聞かれたら、どう違う? と即座に答えられない。

暫し、頭を整理する。

フーガは主題が変形して複雑に絡み合う。

遁走曲とも呼ばれ、高度な対位法技法による楽曲だ。