「いや、けっこうニブイんだなと思って」

詩月はミヒャエルを見上げ、溜め息混じり「クソッ」と呟いた。

「どうだ? 1曲。難しい顔をしていて解決できる問題ではないし、気晴らしに」

「此処のピアノで弾くと調子が狂うから」

ミヒャエルのバイト先のBAL備え付けのピアノは年代物でかなりガタがきている。

調律師を呼んで調律しても1週間もすれば音が狂うし、鍵盤を叩いても音が鳴らないキーもある。

演奏するたび、変調したり半音上げたり下げたりしながら弾かなければならず、工夫が必要だ。

BALでピアノを弾いているビアンカは毎回、苦心惨憺している。

「マスター。ピアノいい加減、買い替えてよ」と散々言っているのだが。

マスターは頑固に「調律して弾けるうちは」と、買い替えを渋っている。

「お前も物好きだよな。ヴァイオリン部門を制覇したくせに、続けてピアノ部門も挑戦するとか」