詩月はピアノの師匠ユリウスの妻マルグリットのサロン「フレデリック」で、週3日ピアノ演奏する。

「フレデリック」で初めて演奏した時の好感度で、詩月をリクエストする客が日増しに増え、サロン演奏のバイトが決まった。

詩月はその日の気分や客の様子で曲を決める。

郁子がコンクールに出場できないと知って以来、しばらくはマルグリットが「無理をしなくていいのよ」と、声をかけるくらいに表情が硬かった。

ユリウスとマルグリットは相談し、一時は詩月に「日本に帰ってきては」と提案したほどだった。

4月下旬を過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻し、ひと安心している。

「音楽は『音を楽しむ』と書くの」

詩月は詩月が尊敬し、慕っていたヴァイオリンの亡き師匠リリィの言葉を忘れていたことに気づいたのだ。

辛いとき苦しい時にこそ「音楽を楽しみなさい」との厳しくも暖かい教えを再度、胸に刻んだ。