LIBERTEーー君に

ブラームスコンクールで演奏後、解釈について審査員に質問された時、詩月と貢の答えは違っていた。

ーー身震いのするほど冷たい雨とは? この鼓動する胸を冷やすほどの雨とは? 命に忍び入る雨とは?

お互いが異なる解釈で挑んだ「雨の歌」の演奏、詩月は未だに納得できていない。

「雨の歌」を演奏するたび様々な視点を模索した。

貢の「曲の旋律は激しい雨と言うより、哀愁の中にも穏やかさを感じさせる雨」と詩月の「真夏の雨というより真夏前の雨季の雨。

その上で、ヴァイオリンとピアノの解釈が違うなら各々の解釈がぷつかり合ってもいいのではと。ヴァイオリンとピアノのためのソナタならば、どちらも主役。

ーーあの時、答えた自分の解釈と安坂さんの解釈がそのどちらでもないとしたら?

詩月はミヒャエルのヴァイオリン演奏に自分の解釈でピアノを弾いた。

ミヒャエルの解釈とは違う。

違うけれど、違和感はない。