「入場券がなくて、モニタールームで視聴されていた。エィリッヒ、中で」
詩月がエィリッヒに耳打ちすると、エィリッヒは「わかっている」と、男性の肩を抱き観客席に向かった。
審査と審査の合間の数分間の休憩で、観客の出入りが忙しかった。
エィリッヒは男性を座らせると、自分も隣の席に座り「詩月、隣に座れ」と促した。
「貢の演奏が次だ」
エィリッヒの声は心なしか不安げだった。
「安坂さんにもミヒャエルにも上手く弾こうとせず、自分が楽しんで演奏をと伝えたーーそれがこの2ヶ月、僕たちがやってきたことだ」
男性が詩月の隣で、詩月の言葉をじっと聞いていた。
「ファイナル進出できれば、後はどこまで聴き手の心を掴むかだ。審査も評価も関係ないと」
周りに聞こえないよう、小声で話す。
コンクールは審査員の評価で順位が決まる。
獲得点数が全てだ。



