「緒方、手の具合はどうだ?」

詩月が郁子に、電話したのは1ヶ月ぶりだった。

郁子の落胆ぶりが気になりながら、自分自身の気の乱れを悟られるのが不安で、躊躇っていた。

コンクール中止が決まった時、郁子にメールはしたものの、電話をかけて元気のない郁子の声は聞きたくなかった。

ウィーンと横浜、時差が8時間もある。

お互いの頃合いを計り、電話をかけるのが難しいのも、電話で話すのを躊躇う理由だった。

「リハビリに通いながら、基礎練習は欠かさないようにしている」

郁子は申し訳なさそうに答えた。

「コンクールが1年先に延びて、僕も少しホッとしている」

詩月は気持ちを悟られないうちに話した。

「わたしは予選審査用の曲も提出できなかった」

「手が治れば、また……」

詩月は言いかけ、安易な言葉はかけられないと思った。