LIBERTEーー君に

作曲から170年以上経っているが、録音をおこなっているピアニストは、僅か4名しかいないと言われている。

ピアノで奏でられる繊細で厳かな鐘の音の響きに、四方から人が集まり詩月を取り囲んだ。

「詩月、楽しそうだね。こんな表情、初めて見るよ」

「なんかーー妬ける」

投げやりな声に、ビアンカがミヒャエルを見上げると、ミヒャエルが頬を膨らませていた。

「ただ楽しそうに演奏しているように見えて、場所をちゃんと考えて演奏しているんだな」

ビアンカがハッとし、画面を凝視している。

「ブラームスの協奏曲の前は、バッハのクラヴィーアを演奏してたみたいだけど」

「シュテファン寺院の前だと云うことを意識して『ラ・カンパネラ』を演奏している。それも、よく演奏される嬰ト短調ではなく」

ユリウスは「否、違うな」と顎に手を当てる。

「正直、詩月には驚かされてばかりだ。一筋縄ではいかない相手だ」

ユリウスは肩肘をつき、珈琲を啜った。