「安坂さん。ブラームスは伴奏に負けてしまいます。チャイコンはオケに埋もれてしまいます」

貢は黙って聞いていた。

「教授に紹介された伴奏者の方と何故うまく合わせられなかったのか、何となくわかった気がします」

詩月は貢の顔が険しくなったのを感じた。

「安坂さんのヴァイオリンが大人し過ぎるから、主張しなさ過ぎるから、合わせられなかったんです」

詩月はさらに続けて指摘する。

「学オケの影響かな。安坂さんの演奏、変わりましたよね。保守的というか。オケの都合のいいように、オケのバランスを考えてーーそれに慣れてしまっているというか……」

「ーー気づかなかった、というか気づこうとしなかった」

貢がポツリと呟いた。

「安坂さんの演奏は、僕がいくら煽っても合わせようとしなかった。自分で輝こうとしていなかった」

貢が強張った顔で詩月を睨んでいた。

「もっと言うなら、楽譜をなぞるだけの『オールテクニック、ノーミュージック』」

貢の顔から表情が消え、テーブルの下で拳を握りしめていた。

「キツイことを言わせてもらいます。僕の所見ですけど、今のままだと1次通過できるかどうか、危ういです。ヴァイオリンが主役、あなたが主役なんです」

貢の拳が震える。

「伴奏もオケも、あなた以外は付属品なんです。あなたが主張して、あなたが引っ張っていくんです」