「ごめんなさい、わたし……」

3月、天気予報が桜の開花予想を伝える頃だった。

郁子はスマホを硬く握りしめた。

声は掠れ嗚咽に変わり、後は言葉にならなかった。

ーーこめんなさい!? 何かあったのか?

詩月は電話の向こうで何事かと身を乗り出していた。

郁子と「コンクール、一緒に挑戦しよう」と約束を交わした世界3大コンクールの1つ。

エリザベートコンクールのピアノ部門が数ヶ月後に迫っていた。

「わたし……弾けないの。腱鞘炎で指が動かない」

郁子は消え入りそうなか細い声で、やっと伝えた。

詩月はすすり泣く郁子の声を聞きながら、「そうか、君のぶんも頑張るよ」と返した。

郁子は詩月の気落ちしたと明らかに判る声を聞き、「ごめんなさい」と繰り返した。

ーー何故、謝る? しっかり治療して。無理をしないように