その2




”アハハ…、いいや、こいつら。相変わらずいくら踏みつぶしても、血や体液出さないでお陀仏してくれるから…。見た目もキモくねーし。はは…、考えてみれば、このアブラセミふんずけの刑は、小さい頃からオレのストレス発散だったなあ…。これ出来ると、なにか、スカッとする。いやなことも忘れられるんだ”

ミキオがここまでをあっさり”認めた”のは、実際、この時が初めてであった。
そして、それと連動して浮上した当時のもう一つの快感…。
それは、思春期での性的コーフンを伴う感覚だったという訳で…。

”そう言えば、ヤツらを踏んづけると下半身がビミョーに疼いていたわ。確かに…。でも、今頃になってなんで自覚drきたンだろうか…”

そこは祖父母宅の自宅裏の薮で覆われる神社の石段…。

”以前、子供の頃は無邪気さがなせる業だったと自分でもそう捉えていたが…。違ったわ。これ、ジェノサイトだわ。オレ自身の中では…、バッタやコオロギ踏みつぶしてぺしゃんこにしたら、青とか茶色っぽい体液ふきだしてオエーッってとこだもん。その点、セミはイイよ。カサカサで…。そういうことだったんだよ。でも…”

この時、ミキオは一種のワープ幻想を起こした。
心持ち、瞬間的に気流という突風が千年立ちしている杉の大木をざわざわと戦がせた空間にさらわれた感じがした。

その静寂感を纏ったうねりのようなゆらぎ…。
ミキオは言いようのない寒気に襲われた。

”何か来た…‼”

漠とした彼の想いは確かにここを捉えていた。
で…、しばらくすると…。


***


神社の裏側からヌーッと、人影が現れる。

”女の人…⁉”

その人影はゆっくりと、歩くというより滑るようにスーッとミキオの前方3Mの地点までやってきた。

”えっ?”

まずもって、胸の内での第一声はこれに尽きた。

「こんにちわ。ずいぶん踏み殺してるわね、今日は」

「あの…、あなたは…❓」

透明感のある、反面、立ち消え合そうなか細い声でこう問いかけてきた”彼女”は、小柄なフツーの、ミキオと同年代な若いオンナだった。

「しかも、まだ死んでないセミを意識的みたいね…」

ここでこのオンナは、ニコッとニヤッの中間っぽい微妙な笑みを浮かべていた。
それでも、この不思議なスマイル?は、この時のミキオにとって、不気味などというものではなく、むしろ、ソソられる”それ”であったのだ。


***


「あなた、いつまでもそんなことやってると、セミとしかイケないわよ」

「それ、どいう意味かな?」

「気が付いてるくせに…。セミふんずけて殺す瞬間、あのジジーって鳴き声、喘ぎ声だもん。それ知ってるから、あなた、やめられないんでしょ?人間のオンナにはできないから…」

「!!!」

ミキオは声が出なかった。

”この女性は一体、何者なんだ!?”

しかし、不思議とどこかで会っていたような気がしてならない。
そして程なく頭を巡らせると…‼


***


「…ミキオ君、かわいそうだから、もうやめてね、息があるウチのセミは。ワツィは人間の定義する時間では3日間、太陽の陽が射す昼間、断末魔の声をあげてるのよ。やっと暗い地中からでてきたら、いきなりお婆さんになって、あっという間に死骸になっちゃうのよ、私達は。だから、そこで最後に出会う地上の命とは性交なの。ああ、私、生きていたんだわ、意識されていたんだわ、誰かにって…。あなたにふんずけられて殺される直前、悶絶してるたよ、”いつも”…」

「キミ!君は、じゃあ…‼」

「ミキオ君、私が今言ったかわいそうだからなのは、あなただから。みじめなのよ、人間同士でソレ、できないっていうの。だから、もうやめて。哀れよ、私達を踏みつけて、その喘ぎ声で性欲を満たす姿って。…じゃあ、それだけだから。サヨナラ…」

「待ってくれー‼」

ミキオは”彼女”に突進し、腕をつかんだ…。
だが、その腕はヌルっとすり抜けるように姿を全身ごと、ミキオの瞼から消し去った。

その瞬間、ジジジーッという、神々しい鳴き声とともに、一羽の白い鳥が杉の大木を這うように大空へと滑空していったのだった。

上空を見上げる虚ろなミキオ…。
その右手は股間をあてがっていた。
しっかりと、ややだらしなく…。





鳴音【こえ】の主
ー完ー