その3
夏美



「私、いやですよ…。草野球なんかでベース間走るのなんて…」

「まあまあ…、そう杓子定規に考えないでさ…。要は走るだけだしね」

「でも、私…」

「いいから、いいから。…もう8回裏なんで、じき試合は終わる。その後、ハンバーガーでも一緒しようよ。俺の代わりを勤めてくれたんだから、おごるからさ」

「はあ…」

「じゃあ、そこの本ベース脇に立って、セットアップ頼むよ。俺は打つだけ。ベースを踏むのはキミ。極めてシンプルな二人の”共同作業”になる。なかなか体験できる経験じゃないよ、お互いに(笑)」

さわやかだ…

もっとがさついた汗臭そうな男の人って想像してたから…

...


”ブーン!、カキーン…!”

「そら、行けー!」

「はい!」

私はボールの飛んだ方向には見向きもせず、本ベース右脇からファーストベースに向かって気にスタートを切った


...


”おー、これはデカいぞー‼”

”わー、センターの頭上を超えたー!”

”お姉ーさーん!走れ~、走れ~!”

どうやら当たりは大きいらしいわ

私はセカンドベースを踏んで、更にサードに向かって全力疾走している…

...


”センターとライトが追い付いたー!ああ…、ボールを拾ったのはセンターだ!”

”彼女ー、ダッシュだ!本ベースも行けるぞ‼一気に走れー!”

彼の声だ…

”はい!”

私は心のなかでそう返事をしてた

...


”ボールが返ってきたぞ!キャッチャーも構えてる…”

”お姉さんは3塁を切った!お姉ーさーん!走れ、走れー‼”

”本塁まで一気だー!頑張れー、陸上部のキャプテン~~‼”

みんなの声が聴こえる

私の正面には本塁と、その横で中腰に構えるキャッチャーが視界に入って、どんどんと私に近寄ってくる…

秒単位で…

もう行くっきゃない❣

...


”ああ…、返球が逸れたぞ‼キャッチャーが右に数歩寄ってる…!”

”うぉー‼お姉さん、早いやー!”

”彼女ー‼ラストスパートだ!”

彼の声がまた…

その彼、もう私の視界に入ってる

一周してきたんだ、ここを…

よし、行くぞー‼


...


”キャッチャーがボールを受けた!タッチだー!”

”セーフ!…セーフ!セーフ…!”

”おー!ランニングホームランだー!”

”凄いぞ、お姉ちゃんー!”

”やったー!30打席連続安打達成したぞー!”

ハア、ハア、ハア…

ランニング…、ホームラン…❓❓


...


”そう言うこと”…、らしかった…

どうやら…

”彼”がセンター越しへ長打を返して、私が本塁まで一周した

で…、セーフだったと…

つまり、ホームラン❣

正確にはランニングホームラン…

これが、彼と私による二人の”共同作業”とやらが導き出した結果だった

...


「…ああ、お疲れさん。いやぁ…、いい走りだったよ!さすが陸上で鍛えてるだけある。ホームラン、おめでとう❣」

彼はさわやかな笑顔で右手を差し出してくれた

ホームランを生んだのはあなたなのに…

私はただ指示通り走っただけなのに…

...


「ありがとうございます。あんなに大きい当たりをいただいたんで、私…、夢中で駈けちゃいました。…ええと、連続30安打ですよね、おめでとうございます!」

私はそう答え、彼の右手をほんわりと握った

”パチパチパチ…”

二つのユニホーム姿の少年たちも、握手をして向い合っている私達二人へ大きな拍手を送ってくれてる

感激だったわよ、文句なく…❣


...


「じゃあ、お兄ちゃん、今度は再来週ね」

「ああ…。お父さんとお母さんによろしくな、タク坊…」

「うん、今日はありがとう…」

...


そうだったのか…

自転車に乗ってた小学生のあの子を、”彼”はオートバイで転倒させて…

事故の原因はあの子の飛び出しだったようで、ケガも軽かったそうだが、”彼”の誠実な態度にタク坊くんの両親が感心して、是非、息子の野球チームを見てやってくれと…

それが、ここ火の玉川原での草野球だったらしい

仕事の合間を縫って、左右両打ちの美芸を少年達の前で披露し、野球を通じた交流をはかってきたという訳なのね、彼…

素敵だわ…❣