チリン
控えめなベルが鳴って扉が開くと同時に


「みよちゃん」

名前を呼ばれた

顔をあげると院長が立っている


「ここ良い?」


向いの席を指差す院長は
白衣を脱いでいた


「サボってるの?どうぞ」


サッと本に栞を挟むとカップを手に取った


「俺は彬以外の担当がないからね」


「そうなのね」


「荷物を持って来たみたいだけど
もしかして付き添う?」


「・・・はい」


「じゃあ彬を別の特別室に移そうか?
あの部屋も広いけど、もう少し広い部屋があるんだ」


「大丈夫だよ、お風呂もベッドもある」


「困ったことがあったら言ってね
あ、それより、ご飯どうする?
病院食二つにもできるけど」


「・・・えっ、と」


給食も苦手な私が病院食・・・
重要なことを忘れていた


黙ってしまった私に


「僕と一緒に出かけようか」


魅惑的な誘いがかかる


「先生はいつも外食なの?」


「可哀想な三十男は外食だよ」


「結婚してないんだっけ」


「あぁ」


「モテそうなのにね」


「そんなことないよ」


「この前、お医者さんとの合コン行ったけど
そういえば、皆んなパートナーが居るって言わなかった」


「それってもしかして、彬の姉貴の主催?」


「そうだよ。私の進学祝いにって
お姉さんが開いてくれたの」


「十八歳の可愛い子が居たって
みよちゃんのことだったのか」


「可愛いって・・・フフ」


「みよちゃん居たなら俺も行けば良かった」


「楽しかったよ」


「よく彬が出してくれたな」


「・・・ん出して貰ったというよりは
会ってなかったから強行って感じ
合コンの帰りにちょっと会った後は
昨日玲奈ママから電話があるまで彬が何をしてたか知らなかったし」


「それで飲んだくれて倒れたのか
らしくない気もしたけど相手がみよちゃんなら俺も同じになるよ」


「先生やな感じ」


「ハハハ」


レスポンスの良い院長とのお喋りは楽しくて気がつくと時間が経っていた






「おかえり、どこに行ってた?」


「下でコーヒーを飲んできたの
少し本も読んで、途中先生が来たからお喋りもした」


「なんだよそれ浮気じゃないか」


「そう浮気だね」


フフフと笑うと彬の頬も緩んだ

毎回疑われるなら取り合わないのが得策だ


「退屈じゃないか?」


「そんなこと気にしないで
ただ、読み終えたら本は補充に行くかも」


「そっか。松本に買いに行かせると良い」


「本を選ぶ楽しみを奪わないで」


「だよな」


ベッドに座って窓の外を見る彬を見ていると少し可哀想になった


「外に出てみる?」


「外?」


「屋上も気持ち良いみたいだよ」


「うん。行ってみたい」


ナースステーションで看護師長さんに声を掛けて屋上へ向かうと
澄み切った夕空は綺麗なオレンジ色


「ちょっと寒い?」


「少しなら平気」


少しだけ冬の風に当たって病室に戻ると


両親が待っていた


「お父さん」


「どんな具合だ」


「ご心配をお掛けして。すみません」


「みよの体調もあるから長期は無理だぞ」


「はい」


綺麗なお花を持ってお見舞いに来てくれた両親は
院長が回診に来るまで居てくれた