リビングルームに移動して紅茶を飲んでいるとバッグの中の携帯電話が鳴り出した


【彬】


浮かび上がった名前に躊躇っていると


「お願い出てあげて」


切ないお姉さんの声にその躊躇いが消えた


「もしもし」

(あ、みよちゃん?)

電話の向こうから聞こえてきたのは
彼と全く違う女性の声だった

「誰ですか?」

周りで聞いてるお姉さん達も私の様子に首を傾げている

(私よ、preciousのママ玲奈よ)

・・・あ、彬の友達だったママだ

「どうかしましたか?」

相手が分かると今度は不安が生まれた

(みよちゃん、彬と何かあった?
連日うちの店で酔いつぶれてんの)

「・・・え」

心当たりがあり過ぎて言葉に詰まる

「ちょっと来られないかな
彬が潰れて、大変なの」

手を焼いている様子に気持ちが動いた

「すぐ向かいますね」

電話の内容で何となく察してくれたお姉さんは狛犬を呼んでくれた


「みよちゃん・・・あの子を
よろしくお願いします」


寂しげな顔で頭を下げるお姉さんの顔が彬とダブる


「今夜はご馳走様でした
行ってきます」


「よろしくね」
「みよ〜、またきてね」


狛犬の車に乗り込むと深く腰掛けた


二回目の店内はお客さんが居なくてシンとしていた

黒服に案内されて着いたボックス席には
テーブルに突っ伏している彬が見えた


隣には腕を組んで立っているママと
声を掛ける竹田さんがいて

なんだか無性に腹が立ってきた


「来てくれたのね。みよちゃん」


ママが気づいて手招きをすると
声に反応したのか彬が顔をあげた


「なんで、みよ、がここに・・・」


目も虚ろで言葉にも詰まるほど酔っ払っている


「帰るよ彬」


トントンと肩を叩いてみたけれど


「大丈夫っ、みよ、帰れ」


手で払う仕草を繰り返す彬は
グラスを持ってお酒を飲もうとしたのか
手に勢いが乗ってテーブル上にぶち撒けた


「・・・っ」


「彬、ほら」


「帰、れーー」


明らかなる拒絶に、カチンときた私は
水の入ったピッチャーを取って彼の頭にぶちまけた


「ワァァァ」
「キャァァ」


悲鳴と同時に彬の目が開いた


「何やってんのよ彬
ほら、帰るよ」


腕を引くとコクコクと頷いた

どうにか立ち上がって歩き出そうとした瞬間


踏ん張りが効かず大きく身体が傾いた
咄嗟に支えようとする狛犬とママも間に合わず、床に倒れ込んでしまった


「彬っ」
「「若」」 


声を掛けるのに
彬はピクリとも動かない

それを見ながらバッグの中をかき混ぜた

それは・・・

『何かあったら何時でもどうぞ』

私が入院した時に教えてもらった
彬の友達である院長のものだった


震える指をスクロールすると


柴崎総合病院
院長 柴崎進

迷わずその名前をタップした

(どうした?みよちゃん)

ワンコールで出てくれた院長に
状況を説明すると

(今どこ?)

「preciousってお店」

(近いな、連れて来られる?
まだ病院に居るんだ)

「すぐ連れて行きます」

携帯電話をポケットに突っ込むと狛犬と目が合った

「柴崎総合病院!
院長が連れて来てって」

「「はい」」

狛犬二人とママも手伝ってくれて彬をどうにか車に乗せて病院へ向かう

ずっと彼の名前を呼んで手を握っているのに

彬が反応することはない


ここで泣いちゃダメ
頭の中をそんな言葉が回っていた