出勤初日


いつものように出勤する父の車に姉と乗り込んだ


仕立て上がったばかりのスーツを身につけて伊達メガネをかけると
立派な社会人にも見えるから笑える

店舗ではデスクを与えられ、ノートパソコンを開くと
春がくれば入社2年目になる土居勇人《どいゆうと》さんとペアを組まされた

ネット予約の時間を調節するのは思っていたより大変で


他の従業員に混ざって仕事を熟しているつもりでいても
素人初心者は隠せず、ボロが出るのを笑ってごまかしながら、なんとか踏ん張る


「土居さん十三時に一組内覧ね」


「じゃあ先にお昼にする?」


「そうだね」


内覧バッグを確認して、手持ちバッグに書類を詰めたところで

自動ドアが開いた


「みよ、ランチに行こうか」


昨日から放置のままの携帯電話の所為で直接やって来たにしてはタイミングが良すぎる彬の登場に


父を問い詰めようにも奥の社長室にいるから、それも叶わず


喧嘩別れしたはずなのに
カウンター越しに微笑む彬に色々を諦めた

振り返って土居さんを見ると
「いってらっしゃい」と手を振られたから


「時間までに戻りま〜す」


頭を下げると店を出た


「スーツ姿も似合ってる」


「でしょ」


「来て良かった」


「いつも居るとは限らないよ?」


「連絡のつけようがなかった」


それを言われると二の句が出てこない
そんな私をクスと笑うとサッと手を繋がれた


「休憩は一時間しかないよ?」


「大丈夫」


大通り沿いのイタリアンを予約していたようで
混雑する店内をすり抜けて個室に通された


いつもより距離感を感じるのは仕方ないけれど
直也のことも、お試しのことも
聞かれないことに肩透かしを食らったのは事実


「携帯電話の電源は入れて欲しい」


彬は最後にそれだけ言うと狛犬と帰って行った


内覧予約のお客様が到着してから
土居さんとマンションの案内へ出た

城山公園への遊歩道を挟んだ東側にあるEYマンションは
間取りの多彩さから学生だけではなく単身者やファミリーにも人気の物件


春から大学生だという同い年の男の子と母親にワンルームタイプの部屋を案内する

「早速予約します」と乗り気で内覧が終わった


店舗に戻ってからは父の依頼で
会議室を使って、土居さんとデータ入力をすることになった

並んで座ってパソコンと向き合いながらお喋りも進む


「みよさんの彼って何歳違い?」


「十二歳、干支が同じ」


「へぇ意外だよね」


「意外?」


「男からすると若い彼女は嬉しいけど
女の子は彼氏にするなら歳が近い方が何かと楽しいんじゃないかなって思って」


鋭い指摘にコクコクと頷く


「私もそう思うよ
彬は彼氏って感じじゃないし」


「同業者だから、もしかして政略結婚だったりする?」


「違うけど、そう見られてしまうよね」


仕方のないこととは言え
十二歳の年の差は何かと興味を持つことらしい

結局初日は閉店時間まで残っていて

姉が帰りにホテルのリフレクソロジーを予約してくれた


「お姉ちゃんの苦労が分かった?
働くって大変なんだよ」


「はいはい」


結局この日は携帯電話の電源を入れることもなく


ご飯もお風呂も早々に済ませると
日付が変わる前にはベッドに沈んだ