ーーーー元日




山下家のお正月は母の作ったお節料理を着物を着て広げるところから始まる


それを伝えていたから、彬も着物を着て迎えに来た


「明けましておめでとうございます」


父に挨拶を済ませた彬と迎えの車に乗り込んだ

竹田さんは加寿ちゃんと過ごしているからお休みらしい


「初詣は護国神社へ行こう」


「え、そうなの?」


「そうだよ」


てっきり城山神社にお参りすると思っていた


混雑に巻き込まれることなく着いた参道入り口で車を降りると
差し出された手に掴まって三人で歩く


境内に近付くごとに人の数が膨れ上がってきた


「もしも逸れたら、大鳥居の下で落ち合おう」


確かに人は多いけど、この程度で提案してきた彬に大袈裟だと笑う

けれども初めての護国神社は予測を超えた人出だった


人波に押されて歩くのもやっとになったところで

頑張って繋いでいた手が離れてしまった


「・・・嘘」


一生懸命追いかけるのに
草履が敷石で滑って上手く歩けない


バッグから携帯電話を出して電話をかけてみたものの

[お客様がお掛けになった・・・」


無情にも聞こえるのは無機質な声だった


皆、目的地は同じはずなのに
周りを歩く人は顔を上げるたび違って見えて


置いていかれたという現実が気持ちまで追い込んでくる


更には、持っていたはずのバッグまで無くなっていた


「・・・っ」


ハンカチしか入れていないバッグだけど着物と共布のお気に入り


頼みの綱の携帯電話は繋がらなくて
遂に堪えていた涙が溢れ落ちた


「嬢ちゃん大丈夫か」


隣を歩いているお爺さんが声をかけてくれるのに返事もできず

唇を噛み締めたところで


「見つけた」


不意に頭の上から声が降った


「・・・っ」松本さんだ


「下向いて泣いてるから見つけらんないだろ」


ぶっきらぼうな声とは裏腹に
人波からサッと連れ出してくれる腕は優しい


「・・・だって」
その優しさに涙が溢れ落ちた


「もういいから泣くな
ブスになるぞ」


「いいよブスで」


「ほら」


呆れながらも涙を拭ってくれるところも、やっぱり優しい人にしか見えなくて


「フフ」
ようやく涙が止まった


「泣いたり笑ったり忙しいな」


そう言って笑うと「若に連絡する」と携帯電話を取り出た


手水場の脇で待っていると
彬が慌ててやって来た


「馬鹿ぁぁ」


大泣きした私を宥める彬にバッグを失くしたことを伝えると


「社務所と警察に届け出ような」


直ぐに対処してくれたけれど
気分は下がったままで


参拝を済ませたところで帰ることにした