ホテルランチを終えて店を出る前に
パウダールームへと向かった


大きな鏡の前でポーチを出したところで、さっきの女が入ってきた

鏡越しに私と視線を合わせた女は
吐き捨てるように大声を出した


「アンタも遊びよ」


「・・・フフッ」


「・・・な、によっ」


「“アンタも”って可哀想に・・・
自分がそうだったからって
他も同じだとは限らないわよ?」


クルリと身体を捻って真っ直ぐ女と対峙する


「なによっ、ガキの癖にっ」


髪を振り乱して声を荒げた女は
持っていたバッグを振り上げると私の肩に振り下ろした



「・・・っ」痛っ


痛みを感じた次の瞬間には身体が動いていた


女の髪を掴むと勢いよく引き下げる


「キャァァ」


前かがみになってバランスを崩したガラ空きのお腹に膝を入れた


「ゔぅぅぅぅ」


お腹を押さえて床にうずくまる女は
綺麗に入った膝の所為で呼吸まで乱れている


やり過ぎたかな・・・


なんて、反省はしない

先に手を出したのは向こうだし

正当防衛・・・だよね


ホテルの正面で待っていてくれた車に乗り込むと彬は私を膝の上に抱いた


「ごめんな。また嫌な思いさせて」


「ううん、平気」


仕返しをしたことで既に気は済んでいた



・・・



誰かに手をかけるなんて久々
正確にいえば足だけど・・・

中学に進級する頃の私は
尖った日々を過ごしていた

家族は姉と同様に誠愛女学院の中等部へ進むことを強く望んでいたけれど

目の前で願書を破り捨て、地元の公立中学へ進んだのは母への当てつけだった

唯一同じ道を進んだのが加寿ちゃん

劣等感満載の二人はいつも、やりたい放題で

後の言い訳のためだけに、先に手を出さない主義なのは、この頃の癖だと思う

誘拐事件の時の『親にも手を上げられたことない』というのは本当の話

でも誰かに叩かれた事はある

溜まり場が好きだったし
世間で言われるところの“不良”と連むのは楽しかった

ただ、それも長くは続かず

中学二年を過ぎた頃には、その不良達でさえ高校受験に向けて軌道修正を始めた

勿論それは私も例外ではなく
彼と韓国で会ったのも、髪を黒染めしたこの頃


今でも勝ち負けに拘り、負けん気が強いところは
あの頃の私が顔を出すからだと思う



・・・


「・・・みよ」


過去に引き込まれている私に声を掛けた彬は不安そうな顔をしていた


「ん?」


「怒ってる?」


「怒ってないけど・・・」


「けど?」


「パウダールームであの女にバッグで殴られたの・・・」

「なんだって!」


私の声を遮った彬の声に狛犬が車を止めた


「ホテルに戻ろう」


「いいの、平気だから」


「やられて黙ってるのか?」


「黙ってる訳ないじゃん
ちゃんと一発お見舞いしたから」


「・・・え」


「床に這いつくばっていたから
今頃立ち上がれてると良いけど」


「っ!」
「ブッ」
目を丸くした彼と、吹き出した狛犬


「流石だ」


「私を誰だと思ってんの?」


「みよ」


「正解」


彬が大笑いしているうちに車は動き始めた