平日ということもあって、車は渋滞に巻き込まれることなく進んだ
三十分程度で郊外を抜けた後は山道へと入り
茅葺き屋根の古民家の前で止まった
「・・・素敵」
どうせなら紅葉の季節に来たかった
お父さんに続いて古民家の中へと入ると
作務衣を着た年配の店主が出迎えてくれた
「ようこそいらっしゃいました」
通されたのは囲炉裏のある個室で
向かい合って腰を下ろすと、お父さんは囲炉裏の火箸を手に取った
「年寄りと一緒で申し訳ない」
「いえ、餡蜜につられたので」
「ハハハ、お嬢ちゃんは愉快だな」
軽快に笑うお父さんを見ながら
此処に連れて来られた意図を考えてしまう
「お待たせしました」
餡蜜が入る器は店主が焼いたもので
店の雰囲気によく合っていた
「青野さん、今日は随分と可愛いお連れ様ですね」
常連なのだろうか、店主とお父さんはとても仲が良さそうに見える
「彼女は、彬の彼女だよ
さぁ、食べようか。ここの餡蜜を食べたら他のは食べられなくなるよ」
「はい。いただきます」
木のスプーンで掬って口に入れた途端
期待した以上の美味しさに頬が緩む
「その顔から推測するに、美味しかったということかな」
「はい」
餡蜜を堪能する間も無く
お父さんは静かに口を開いた
「話というのは二人の結婚のことでな」
「・・・は?」
驚いて餡蜜を落としそうだった
「お嬢ちゃんが高校を卒業したら家にきて欲しいんだが」
冗談でもなさそうな話に餡蜜を置いた
「春からは大学へ進学が決まっています
在学中は実家の稼業のための勉強も資格取得も考えていて
結婚を考える余裕も余力もありません」
「学生結婚で構わないんだ、資格は家に嫁いでも役立つものだし、家事については静江が居るだろう」
「待ってください・・・
もし仮に結婚する事があるとしても
まだ先の話しです」
「だが、彬は三十歳。年の差から考えても、先伸ばしより良いと思うが」
「何か急ぐ理由があるんですか?」
「近いうちに引退を考えている」
「・・・」
「どうだろうか」
「それは、そちらの都合で・・・
結婚以前の問題も残っています」
まだ“お試し”の付き合いなのだ
勝手な言い分に苛立ちしか感じない
味のしなくなった餡蜜を無理矢理口に入れるとバッグを手に取った
「ご馳走様でした。美味しかったです。帰ります」
一緒に帰るくらいなら、タクシーを呼んで貰えば良いと開き直った
「もう少し話しを聞いて欲しい」
これ以上話をしたところで平行線なのは見えている
断ろうとした途端、鳴り出した携帯電話に視線を落とした



