「ガキが生意気言うんじゃねぇ」


左の頬がピリピリして口の中に鉄の味がする


「あんた、ヤバイよ」


ケバい女が静止するのを振り払った小太りはソファに倒れたままの私の髪を掴んだ


「・・・っ」


もう一度叩かれると身体に力が入った瞬間


背後のドアが勢いよく開いた


「何やってる!」


聞こえてきた声にホッとすると同時に

掴まれていた髪が離された


バタバタと靴音が近付いて
彬の姿が見えた途端、安心する匂いに包まれた


「ごめん、俺の所為だ」


腕の中で聞く低い声と労わるように撫でられる頭に
張り詰めていた感情の糸が切れた


「・・・っ」


ポロポロと溢れ落ちる涙は
彬のスーツに吸いこまれる

頭を撫でていた手が背中におりたところで


「姑息な真似をするんですね』


彬の口から同じ台詞が出た


「手を出すつもりは無かったんだ
ただ、この女がワシに生意気な口を」


「生意気?人の女を誘拐しておいて
随分と勝手な言い分ですね
大方駅前開発ビルの件でしょうから
除名も含めて厳罰を上に伝えます」


声を荒げることもなく話は呆気なく終わった

抱き上げられて乗り込んだ車の中で、腫れている頬に視線を落とした彬は


「ごめん、間に合わなくて」


私より泣きそうな顔を見せた


「・・・切れてる」


唇の端につく血に気付くと


「責任をとるから」


私の涙を拭いながら
そっと唇を重ねた


「・・・痛い」


「ごめんな、嫌になったか?
俺のせいでこんな怖い目に遭って」


「うん」


「ごめんな」


途中冷却剤を購入したあとは
てっきり家に送ってくれていると思っていたのに
車が止まったのは大きな家の前だった


「どこ?」


「実家だ」


「・・・帰りたい」


お試しの付き合いで相手の親に会うとか、面倒な展開にため息を吐く


「親父への報告もあるんだ、すまない」


渋々頷けば、若いお手伝いさんと思われる女性の出迎えで部屋に通された


広い和室の中では和服姿の男性が座っていた


「座りなさい」


向かい側に腰を下ろすと
狛犬は入り口近くに並んで座った