車の中では両隣を大男に挟まれた


小太りの中年のおじさんが店ですれ違った人だ


「可愛いなぁ震えてんのか?」


握りしめた手を見て笑う姿を横目に、とりあえずの無視を決め込む


「青野もどこで見つけたのか
不釣り合いなほど可愛いお嬢ちゃんじゃないか」


一方的に喋り続ける小太りは
狭い車の中で煙草に火をつけた


「お嬢ちゃんが素直に従ってくれたら危害は加えない
そんな怖い顔してると可愛い顔が台無しだぞ?」


フーッと煙を吐き出され、その臭いに顔を顰めた


・・・気持ち悪い


「黙っていられるのもいつまでかな」

そう言ってもう一度笑った小太りは


「おい、バッグから携帯電話を取れ」


私のバッグを持つ隣の男に命令をした


「勝手に触んないでよっ」


従う男からバッグを取り戻そうとするけれど、反対側の男に両手を掴まれた


「痛いっ離してっ!」


「さっき言ったはずだぞ
従わないやつは容赦しない
早く青野に電話をかけろ」


私の携帯電話を使って彬に電話をかけた男は小太りへ渡した


「お~青野か?俺だよ俺、分かるだろ?
何、この電話か?お前の可愛い彼女から借りたよ
返して欲しければ事務所まで取りに来いよ」


古いドラマの見過ぎなのかテンプレ並の内容に心底呆れる


「愉快だなぁ、お嬢ちゃん
相当焦ってたぞ」


突き出たお腹を揺らして笑う姿は醜い

止まった車から降ろされると
【重見土地開発】と看板が見えた


古びた事務所の中は煙草臭くて薄暗い
大きなソファーに座らされるとバッグを投げて返された


バタン!とドアが開く音に彬が助けに来てくれたかと振り返る


しかし、入ってきたのはケバい女だった


「な~に?この子」


舐めるように私を見た女は
小太りの隣に腰掛けると腕を組んだ


「このお嬢ちゃんは青野の女
今度の取引に釘を刺すために誘拐してきた」


「へぇ~あんたやるじゃん」


くだらない二人のくだらないお喋りを聞いているだけで

段々腹が立ってきた


「くだらない」


「あ゛?」


「・・・ほんと低脳」


「もう一回言ってみろっ」


「馬鹿男には馬鹿女がお似合い」


「なんだとっ!」


小太りは立ち上がると凄い形相で怒り始めた

言ってる意味はよくわからないけれど
くだらないことだけはよく分かった


「私には全然わからない話だけど
取引が上手くいかないから誘拐ってアンタ馬鹿でしょ
誘拐なんて正面から勝負出来ない男の姑息な手段よ」


圧倒的に不利な立場でも
苛立つ気持ちは止められなかった


「姑息、だと?」


顔を真っ赤にした小太りは
目の前までやってくると右手を振り上げた

叩かれる・・・そう思った瞬間
左の頬に衝撃が走り身体が反対側へと倒れた


「キャァァァ」


ジンジンと熱を持つ頬に手を当てる


一発叩いたくらいじゃ小太りの怒りは収まらないようで


「小娘が、黙って聞いてたら
いい気になりやがって」


更に声を荒げた