ーーーーー四月


入学式が行われる大きな講堂には
新入生ばかりか、保護者や来賓、教授達と生演奏の学部生やら
テレビ取材班までが犇めいている


「ねぇ、みよちゃん大丈夫?」


「・・・ん、微妙」


こんな日に限って土砂降りの雨とか
ほんとついてない


更には、院長から遅れて出席するって聞いただけで

もう具合悪いの二割り増しなのだ


「院長に電話する?」


「・・・ん、しない」


「でも」


「進さんが居ないと何も出来ないみたいじゃん」


「女の子は何もできないフリも上手にしなきゃって言ってたじゃん」


「・・・それは」


きっと本当に何もできない私への助け船だっただけで本心とは限らない


・・・いや


院長を疑うより
信じてあげなきゃいけない


それに


我儘も叶えてあげるのが男の甲斐性なんて言ってたから


やっぱり電話しよう


ポケットの中から携帯電話を取り出して
着信履歴の先頭をタップする


(もしもし、みよちゃん、どうかした?)

少し焦った声を聞くだけで
頭の重いのが緩んだ気がした

「進さんが遅いって言うから
調子悪くなっちゃったの」

(・・・大変だ。電話くれるってことは我慢できそうもない?)

「ううん、できると思う」

(じゃあ今向かってるから
座ってる席を大体で良いから送って)

「うん。分かった」

(じゃあ後でね)

「うん」

携帯電話をスーツのポケットに入れると加寿ちゃんが口を開いた


「ねぇねぇ、みよちゃん」


「ん?」


「幸せ?」


・・・幸せって極論じゃないかな


「なんで?」


「院長の声を聞いただけなのに
みよちゃんの雰囲気が柔らかくなったから」


「フフ、ありがとう」


院長の口から聞くこともある“幸せ”のフレーズに笑ったところで開式のアナウンスが入った


院長に説明するまでもなく
学生席の末席で入場口の前に座っているから

心配性の院長なら直ぐに見つけてくれるはず


ーーーーー数分後


少し息の上がった院長は、その扉を開けた


「(みよちゃん、平気?)」

「(だめ、進さんに抱っこされたかった)」

「・・・っ」


一瞬でできた鳩豆顔はその後破顔した


「モォォォ、みよちゃんは!」


「ごめんね」


「可愛いから許す」


「「フフ」」


「なんなのこのバカップル」


「「っ」」


スーツ姿の私の手を取って素早く扉から出た院長は


「もうこのまま、みよちゃんを連れ去ろうと思ってる」


来賓の癖にとんでもないことを言い出した


「校医、外されるわよ?」


「俺はお姫様が優先」


「彼氏が無職とか、みよも前途多難」


「もしか本当に無職になったとしても
日雇い労働者にもなる覚悟あるからね
みよちゃんはお姫様でいられるよ」


「「フフ」」


くだらないやり取りに笑って
少し落ち着いた頃を見計らって


私は元の加寿ちゃんの隣の席に

院長は来賓席へと収まった