院長の部屋に入って思い出したのは
ケーキ箱を斜めにしたという出掛けのアクシデント


楽しみに待ってくれている院長に申し訳なくて


カウンターキッチンの中に持って入るとコッソリ開いてみた


「・・・」良かった


焼き菓子ということもあってか

少し片側が凹んで見えるけれど
そこを切らなければ完璧


ケーキサーバーとプレートを出して
切り分ける間、院長は気を利かせて食卓テーブルで待っていてくれた


チョコペンを少しカップで湯煎して
プレートにHappy Valentineと書き込む

何度となくネットの動画を見ながら練習したそれも上手に決まって


小さな保冷密閉容器に入れていた
苺とブルーベリーを飾る
仕上げに粉糖をふるいにかければ

カフェでも出せそうな仕上がりになった


携帯電話で一枚だけ写真を撮った


「お待たせ」


「ワァ」


「みよのバレンタインスペシャル」


「ありがとうございます」


満面の笑みで拍手までしてくれた院長は携帯電話で何枚か写真を撮るとフォークを持った


「もしかして、手作り?」


「なんと今朝から焼いてたの」


「めちゃくちゃ嬉しい」


「これね、四個目だから」


「それでこんなに美味しいんだ」


嬉しそうに食べてくれる様子を見ながら向かい側に座った


今日はバレンタインで女の子が勇気を出す日


私も、言わせてばかりの想いをちゃんと伝えたいから一度呼吸を整えた


「進さん、あのね」


私の緊張が伝わったのか
フォークをプレートに置いた院長は少し眉を下げた


「みよってね何もできないの」


「できないことはないよ、現に俺、こんなに美味しいチョコレートケーキを食べてるし
それに、できないこともできることも
半分にするから支え合うってことになるんじゃないかな」


相変わらずのフォローにツッコミそうになるのを堪える


「これから大学生になって、やりたいことも沢山ある」


「そうだね」


「でも、そのやりたいことの中に
進さんと一緒にってのが増えたの」


「・・・みよちゃん」


「思い浮かべるやりたいことより
進さんと手を繋いで、ご飯食べて
ドライブして、くだらないことで笑っていたいなって思うの」


「・・・っ」


「進さん、大好きよ
ハッピーバレンタイン」


「・・・反則」


立ち上がった院長はテーブルを回って私の元まで来るとフワリと抱きしめた


「今日は10飴じゃん」


「うん」


「狡い」


身体が離されたと思った瞬間
院長の甘い唇が重なっていた


一度も味見しなかったのに


チョコレートの味は覚えている甘さで


口付けが深くなるごとに
甘さが増した気がした






触れて、離れて、また触れる


止まらない口付けは二人の熱を上げた


「みよちゃんに触れても、いい?」


耳元で囁かれた声に頷くと抱き上げられた


お試し期間中、院長はキス以上のことをしてこなかった

スキンシップがない訳じゃなかったのに
触れてもいいかを聞かれるってことは

そういうことなんだと思う


リビングルームから出て廊下を少し歩いた先の扉を入る


そこはシンプルな寝室だった


そっと下ろされた身体に院長の重みがかかる


何度も啄むようなキスをして髪を撫でる院長は


何度も、何度も「愛してる」と囁いた