尽きないお喋りが終わったのは
院長からの電話だった


(みよちゃんどこ?)


焦った様子の院長に向かいに座る加寿ちゃんを見た

「駅ナカだけど、どうかした?」

(会いたいんだ)

どこか様子のおかしい院長に
向かいから加寿ちゃんが「帰るよ」と口パクで気を利かせてくれた

「今から出られるけど」

(ありがと、直ぐ迎えに行くよ)

「じゃあ駅前広場ね」

(了解)



「どうしたの?院長でしょ」


「なんか“会いたいんだ”って」


「ヒュー」


「茶化さないで、これまではね
“会えるかな”とかお伺いを立てられてる感じだったのに」


「へぇ、心境の変化かもよ?
ま、なにか進展したら教えてね」


「うん。ごめんね」







待ち合わせの広場に出ると、車に寄りかかって待っている院長が見えた

少しだけ早歩きで近づく私に途中気付いた院長は

駆け寄って来ると、そのままの勢いで抱きしめた


「みよちゃん」


「お待たせ」


どうしたんだろう・・・


院長の腕がいつもよりキツいことが
不安の現れみたいに思えて

それを緩めてあげるのは、私しかいないと自惚れてみる


そっと背中に腕を回してギュッと抱きついてみれば

その身体は分かりやすく揺れた


「ごめんね」


勝負にこだわるはずなのに
そんなことより院長の不安な気持ちを優先したいって思っただけなのに


微かに耳に届いたのは

「・・・どうして、君は」

絞り出すような切ない声だった







顔だけ持ち上げてみると、間近で見下ろす院長の瞳は思っているより不安の色を写していた


「何かあったの?」


「ごめん、俺がごめんだな」


「・・・ううん」


「看護師達に雑誌見せられてさ」


今日発売のアレのことだ


「そしたら彬から電話が鳴って」


「・・・?」


「恋人募集中なら問題ないなって」


「・・・っ」


「気がついたら病院飛び出してた」


恋人募集中だとして、今更あの激しい波の中に戻るだろうか・・・

そう考えただけで気持ちは案外簡単だった


そのことで不安を感じている院長には、ここはなんて言えば正解なんだろう
“お試し”なんて都合の良い関係を続けているからには
どれも正解じゃない気がして・・・


「職場放棄なの?」


現実に戻ってもらうことを選んだ


「・・・・・・あぁ、ほんと」


「乗っ取られるわよ?」


「ヤバいな」


「それに私、買い物もしてないんだからね」


「・・・え」


「加寿ちゃんは気を利かせて帰っちゃったし」


「・・・謝らなきゃ」


「だから散財するかもよ?」


「「フハハ」」


いつも大事に大事にされているからこそ
こんな時はお返しに笑わせてあげたいなって思った