降りて行くエレベーターの中で
ヒールの足元に視線を下ろした


「どうかした?」


院長も気にして私の足元を見る


「みよね、正座嫌いなのよね」


「・・・確かに」


二人同時に思い浮かべたのは
土居さんの部屋のリビングルームで


小さなローテーブルがひとつ置かれただけの空間では床に座るしかなかった


「みよちゃんを誘う店は、テーブル席か掘り炬燵だな」


「・・・フフ」


笑ったところでエレベーターの扉が開いた


「今夜は何が良いかな」


「寒いから温かいのがいいな」


「それなら・・・」


手を繋いで歩いているだけで
尽きない脱線するお喋りにお店が決まらない


駐車場に着いて車に乗り込むと
院長の携帯電話が鳴り始めた


画面を見た院長は小さくため息を吐き出してポケットに落とした


「出ないの?」


「ん、父親からなんだ、だから」


【柴崎環】と表示されている画面を見せた院長は


「みよちゃんとの時間が優先」
と笑った


・・・でも、それは違う


「出て」


「・・・え」


「緊急だったらどうするの?
みよの所為にしないで」


「・・・ん、ごめん」


眉を下げた院長は鳴り続ける携帯電話を耳に当てた


「ん・・・あぁ、うん、そうだよ
あ、と、またの機会で良いかな・・・」


“はい”しか言わない彬の電話と違って
院長とお父さんは関係が良好に思える


電話の間にメッセージの確認をしようと携帯電話を取り出す


待ち受け画面に並ぶ通知を流していると院長の電話が終わった


「ごめんね、お待たせ」


「何か用事じゃないの?」


「ううん、平気だよ
サァ仕切り直し、どこに行こうか」


車を駐車場から出して大通りに出ると
渋滞に巻き込まれた


「ごめん」


「ん?」


「今日は朝から働いているから
本当は早く帰らせてあげたいのに」


「あーね」


「みよちゃんとちょっとでも長く一緒に居たいって我儘が勝ってる
ごめんね、ダメな大人だよ」


気持ちを押し付けてきたことのない意外な“我儘”は

怪我をして不安にさせたことが原因だろう
 

「フフ」


いつも大人な院長の心の中を覗いたみたいで嬉しくなった


「え、なんで笑った?」


「だって」


「ん?」


ハンドルを握っている左手を取って指を絡めた


「・・・っ」


「我儘、可愛い」


「・・・みよちゃん」


「大人だし、お医者さんだし、干支一回り上だから
いつだって進さんは本音を言わないでしょ」


「・・・」


「だから、好きって言われるより
気持ちが伝わったよ」


車が完全に止まった渋滞の中
絡めた手を引いた院長は



噛みつくように唇を合わせた