「お待たせ」


ガラスのティーポットの中で花が揺れている


「可愛い」


「みよちゃんには負けるけど」


「フフ、これは?」


「カモミールティーだよ」


タイマーを五分セットして蒸らす
ハチミツが用意されているのは飲みやすさのためだろう


「カモミールは夜に飲むのが良いんだけど
リラックス効果があるらしいから選んでみたんだ」


「ありがとう」


医師というだけで身体の不調や個人差についても理解してくれる院長は特別な人だと思う



「さぁ、どうぞ」


「いただきます」


フローラルなのにハチミツの甘さが
フルーツにも似た風味にしている


「美味しい」


「良かった」


ソファに深く腰掛けると
ブランケットをかけてくれた

更に、この部屋に不似合いのベビーピンクのクッションを持たせてくれた院長は


「あのね」と手を取った


「此処に余り帰って来ないのは
院長室で寝てるからだよ」


「お医者さんってそんなに激務なの?」


「俺は父が四十代で漸く出来た子だから
早くに院長になったけど、謂わば父親の後ろ楯しかない若輩者なんだ」


「難しい」


「本当は臨床例も人脈も増やして
基盤を整える必要があるのに
研修医から抜け出て数年の俺が継ぐには病院が大き過ぎるんだな」


「乗っ取られそうなの?」


「ハハハ、乗っ取られはしないよ
院長って肩書きだけど医師としての役割より経営者として抱える仕事が多いから、気がついたら此処に帰る時間さえ億劫になってた」


「身体、大丈夫なの?」


「それは流石に大丈夫」


「医者の不養生」


「言い訳できないな
そんな毎日に舞い降りた天使は」


「みよでしょ」


「うんうん。みよちゃんのそういうところ、ほんと好き」


「それ、褒めてないよね」


「「フハハ」」


「じゃあ、ここからが今日のメインね
その前に一度だけハグさせて」


「うん」


長い腕に抱きしめられると
頭の上でリップ音が聞こえ


一度のハグは直ぐに離れた


「みよちゃんと付き合うことになって
一番に思ったのは
きっと、何も信じてもらえないだろうってことだった」


「・・・ん」


彬のことがあるから否定できない


「だから何より先に想いを曝け出すのが一番だと思ったんだ」


「曝け出す?」


「思ってることや疑問、言いたいことや知って欲しいこと
とにかくなんでも良いから出してしまおう」


「これは進さんの付き合い方なの?」


「違うよ、俺にとってみよちゃんが初めての“彼女”だからね」


「食い散らかしてたのに?」


「それは院長になる前までの消せない黒歴史
頼むから引かないで欲しい」


「善処します」