何事もなかったように歩いていたトールヴァルドに、また別の令嬢が声をかけてきた。

「あのご令嬢を咎めることなく放って置くなんて、トールヴァルド殿下はお優しいのですね」

 この国の王子であるトールヴァルドに声をかけられるのは、同じ王族かもしくは重責を担う閣僚たちだけだ。
 目下の者が目上の者の許可を得ず、話しかけるのは御法度だ。
 そう言う意味では、突然トールヴァルドに声をかけた先ほどの令嬢は不敬罪にあたる。

「別に優しい訳じゃありませんよ。ただ、どうでもいいだけです」

 トールヴァルドが無気力に返事をする。
 実際、顔も名前も知らない人間のために割く心の余裕は、今のトールヴァルドには全くない。

「だからと言ってあのまま放っておけば、貴族たちに示しがつきませんわ。ただでさえ、不相応な欲を持った者たちが貴方を狙っているというのに」

 トールヴァルドが帰国してから、貴族たちは彼に取り入ろうとあの手この手と使ってきた。
 王族の居住区域の周りに令嬢がやたらと増えたのも同じ理由だ。