月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。

 男たちの話はまだ続いていたが、もうティナの耳には届いていなかった。
 トールがどこかの国のお姫様と婚約すると聞き、何も考えられなくなっていたのだ。

『ティナー。どうしたのー?』

 ショックでぼんやりとしていたティナに、アウルムが声をかけて来た。

「……あっ、何でもないよ! そろそろ出発しようか?」

『うんー!』

 ティナはアウルムと部屋に戻ると、早々に荷物をまとめて宿を出ることにする。

 記憶を取り戻した後、トールに会いたいという気持ちが膨らんでいたティナは、勇気を出して王宮に行こうと思っていた。
 しかし、トールの婚約話を聞いてしまい、彼に会う勇気が萎んでしまったのだ。

『ティナー。これからどこに行くのー? お山ー?』

「そうだね。とりあえずフラウエンロープに行ってみようか」

 ティナはアウルムにそう言ったものの、本当はフラウエンロープにも行かず、できるだけ早くクロンクヴィストを出たかった。
 この国にいればきっと、嫌でもトールの話を聞くことになるだろうから。

「あ、アウルムは身体の色を真っ黒に出来る? これから出来るだけ目立たないようにしたいんだけど」