月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。

 自分の幼い初恋は消えてしまうけど、全てを忘れてもきっと──いや、必ず自分はトールを好きになる──そんな確信がティナにはあった。

 そうしてトールの魔力の光に包まれたティナは眠りについた。
 いつかトールが会いに来てくれる日を信じて。






「……うっ……うぅ……」

 失っていた記憶を取り戻したティナの目から、涙がポロポロと零れ落ちる。

 想像していたよりもずっと、辛い過去だった。

 両親が亡くなってから時間が過ぎたから、心の準備はできていた。けれど、トールがここまで壮絶な体験をしていたとは思わなかったのだ。

 こんな辛い記憶を持ちながらも、トールは約束のために懸命に生きて、そうして何事もなかったような顔をして、ティナに会いに来てくれた──それがどれだけ大変なことなのか、記憶を失ったままでは知ることが出来なかっただろう。

 トールはティナに記憶を取り戻して欲しくなかったはずだ。だけど、ティナは記憶を取り戻して良かったと思う。

「……くぅーん……」

 気が付けば、アウルムが心配そうにティナの顔を覗き込んでいた。