月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。

 ──それからのことは覚えていない。
 自分に敵意を向けるものを消す──ただそれだけだった。

 今思えば、ティナが覚醒したのはこの時だったのかもしれない。
 もうこれ以上大切な人が傷つき、失うのを恐れたティナの心が壊れかけたことで、閉じ込められていた力が解放されたのだ。

 何の皮肉か、その力は人智を超えた時空間魔法を発現させ、ティナを<稀代の聖女>とたらしめることになる。

 しかし覚醒したものの、ティナは心を閉ざしてしまう。
 父や母たち、さらにトールまで失ったのではないかと思うと、これ以上耐えられなかった。だから心を閉ざし、自分を守ろうとしたのだ。

 ティナは闇の中で微睡んでいた。この闇の中なら誰もティナを傷つけないし、何も失うことはない。

 そうしてティナの心が溶けていき、闇と同化しそうになった時、温かい何かが自分の中に入って来る気配を感じとる。

 その温かい何かは、ずっとティナを守ってくれていた大好きな人の魔力で。

 ティナはトールが自分のすぐそばにいるのだと気づくものの、また失ってしまうのではないかと思うと怖くて怖くて仕方がない。