月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。

 ──だけどそれは言い訳で、本当はこれ以上リナと一緒にいると、泣き出してしまいそうだったから。
 だから一時の別れだとしても、挨拶をしたくなかったのだ──この別れが永遠になってしまいそうで。

 それは自分を翻弄する運命への、ささやかな抵抗であった。




 * * * * * *




 トールはひたすら森の中を走り続けた。リナに言われた通り、出来るだけ暗殺者たちから離れるために。

 滲む視界の中、木の枝に身体を傷つけられるのも構わず、トールはティナを抱きながら森の中を突き進んでいく。

 追跡する者がいないか神経を張り巡らせながら走っていたトールは、追手がいないことを確認すると、隠れられそうな場所を見つけ、身を潜ませた。

 大勢いた暗殺者たちから、こうしてトールが逃げられたのは、ヴァルナルとリナが命をかけて戦ってくれているからだろう。
 リナがヴァルナルの元へ残った理由の半分はきっと、暗殺者を足止めするためなのだと今ならわかる。

 トールは足を止めると、自分の身体が鉛のように重いことを自覚した。