少年の疵


「どうした、静人?そんなに酔っぱらって」

「オレ、オレ…、やっぱり…」

「おい!私の顔をしっかり見な」

「…」

”バシーン!”

麻衣はふらつく静人を正面に立たせ、思いっきり張り手を見舞った。

「うっ…」

静人は張り手の勢いで2、3歩後ずさりした後、顔を下に向けたまま涙を流していた。

「もう私とは会わないと約束して1日でこれかよ!サイテーだな。見損なったわ。…いいか、今度、私の神聖な仕事場にその情けないツラ晒したら殺すからな」

「麻衣ちゃん…」

「今タクシー呼ぶからそこで待ってろ」

ここで麻衣は店に戻り、もう姿を現さなかった。

...

それから10分ほどすると、タクシーがヒールズの前に到着し、静人の横でドアが開いた。車内に入り行先である自宅の住所を告げようと思ったところで、運転手の方から声をかけてきた。

「料金はお店から頂いてますので…。で、どちらまで?」

...


静人が自宅に到着したのは深夜1時過ぎだったが、家族は心配して全員が起きていた。父親は未成年にも関わらず泥酔状態の息子に激怒し、殴りつけた。

「学校も行かず、なんだ、このザマは‼」

静人の涙は止まっていたが、心の中では号泣状態が続いていた。”オレは最低のクズだよ!麻衣にもはっきり言われたし。オヤジ、好きなだけ殴れって!”

彼は無言で父親にそう叫んでいた。

結局父親からは3発喰らったところで、姉の好美がいろいろと情状を説明してくれ、深夜2時半には一段落となった。

...

「静人…、あんたの気持ちはわかるけど、しっかりしなくちゃ。焦らなくていいから…」

翌朝、好美は短大に向かう前、まだベッドの中だった静人に一声かけた。

「お姉ちゃん、麻衣からなんか言ってきたの?」

「ううん。何も連絡はなかったわ。あんた、やっぱり本郷さんに会ったの?」

「でも終わった。すべて…。あとでちゃんと話すよ。ゴメンな、お姉ちゃん。心配ばかりかけちゃってさ」

「…」

好美は無言のまま、部屋のドアを閉めた。


...

「…おお、中野、昨夜はすまなかったな。お前のことを思って女どもをあてがったんだが、かえって余計なことしちまったかなあ…」

翌日の夕方、武次郎は静人の自宅近くのコンビニまで来て、電話で呼び出した。二人は、コンビニの駐車場に止めた車の中で”昨夜の件”を話していた。

「…」

静人は相槌以外、ほとんど言葉を口にせず、一方の武次郎は後部座席の隅っこで小さく丸まってる”坊や”を盛んに観察しながらしゃべり続けた。

「お前さ、酒飲み始めたら本郷麻衣の名前ばっか口にして、”麻衣ちゃんと会いたい、愛してる”とかって、二人の前で繰り返してたんだってな。そんで、”今から彼女の店に連れてけ”、って悪酔いしてよう、サキたちに詰め寄ってさ。ヤツら興ざめしてたよ、はは…」

「そうですか…、僕、そんなことを…。なにしろ、記憶にないので。すいませんでした。あの二人には悪いことしちゃいました」

ここで静人は素直に昨日の素行を武次郎に詫びた。

「いや、アイツらにはキツく言っといた。俺が接待を命じた人間を麻衣の前に放り出して帰りやがってよう。まあ、堪忍してやってくれ」

「いいえ…、こちらこそ。二人にはよろしく言ってください」

静人の言葉に覇気はなかったが、武次郎は静人を見てニヤリとしていた。

「…そこでだ、実は明日から俺は関西に”出張”でよう。お前も会ったことがある椎名が入れ替わりでこっちに来る。まずはお前にはヤツとピンで会ってもらう。その場ではあるプランの話が持ち出されるから、よく聞いてこい」

「あのう、どのような用件なんですか?内容によっては僕、今気持ち的にしんどいので…」

「ふふ、だからよう、”元気”の出る仕事だ。お前にしかできないことだしな。まあ、明日には詳しくわかる。今から時間と場所を言うぞ」

静人がメモを取ったのを確認すると、武次郎は静人を自宅前まで送ってそのまま去って行った。

...


満身創痍…、体は何ともなくても、心の方はその4文字熟語が今の静人を言い当てていた。

椎名とは1度会ったきりだ。しかし、武次郎に比べソフトな感じで、マンツーマンで会うとなればこっちの方が断トツに気分が楽だった。

”気分は落ち込んでるし、どんな話だか知らないが、まあ、適当に聞き流せばいいや…”、

今の静人はそんな無気力な自分を放置していた。




翌日の午後…、約束の時間ピッタリに待ち合わせ場所である洋食レストランに入ると、静人に気付いた椎名は右手を挙げ、窓際の席へ呼び寄せた。

「よう、元気だったか?…はは、すまん。そんな訳ないってのは武次郎さんから聞いてたわ。…まあ、その辺りにも関連するんで、今日の話はしっかりと聞いて欲しい。いいかい?」

椎名はやや口調を変えて切り出してきた。