「俺たちの出会いはきっと運命の出会いだね。ほら、こんなにも心臓がドキドキしてる。神様に感謝しなくちゃ」

「何言ってるんですか!?離してください!!」

何故初対面の男性に抱き締められ、口説かれねばならないのか。それは数時間前に遡る。



人の記憶の蓋は些細なことで開いてしまう。人と人を結び付ける記憶ほど、簡単に飛び出してしまうものだ。

その人と一緒に食べたもの、出かけた場所、見た景色、そこに記憶が刻まれる。そして、一人になったとしてもその記憶のページは蘇る。

「光里(ひかり)姉……」

イギリスの首都・ロンドンにあるアパートの一室で、茶髪のショートボブの小柄な女性ーーー王塚絆(おうづかきずな)は誰かの名前を呟く。そのダークブラウンの瞳の先には、淹れたてのレモンティーがあった。

『私、レモンティー大好きなの!よかったら一緒に飲も?』

ロンドンに来たばかりの頃、慣れない生活の中で大切な人が教えてくれた思い出の味だ。何気なく朝食を終えた後に飲もうと思って淹れたのだが、思い出の蓋を開けることになってしまった。

絆の瞳から涙が零れ落ちる。絆はその場にしゃがみ込み、口から嗚咽を漏らした。凪いでいた心は、一瞬にして深い悲しみとなり荒れていく。