【八月二十六日(金)】
次の日の夜。仕事後のジムでの運動終えて帰宅した俺は、テーブルに置いたスマホで動画を見ながらそうめんを食べていた。その動画アプリの画面にメッセージが届いたと表示される。

『食事中かな? 今通話できるかい?』

それはアイさんからだった。オーストラリアとの時差は前後一時間ほどなので、彼女も食事どきなのだろう。そのメッセージに『大丈夫だよ』と返した四秒後に着信があったので、俺は通話ボタンを押してからスピーカーに切り替えた。

「はい、晴翔です。ズルズルズル」

俺はすすりながら電話に出た。

「食事中にすまない。昨日、今日と連絡していなかったから少し話そうかと」

「うん、大丈夫」

「もちろん、そうめんを食べながらでいい」

この人、すすりかたで麺類を判別できるのかと、アイさんのあらたな一面を知った俺に、彼女は質問してきた。

「真紀とはその後どう?」

「え?」

「その反応はなんだい? なにか進展があったのかな? 真紀とは食事にでも行ったのか? どんな話をしたの? 君に好意を持っている感じだったかい?」

オーストラリアにいるアイさんの質問攻めに俺は少し緊張をして身構えた。

「どうしたんだよ。そんなに真紀が気になるの?」

「君はわたしとマッチングしているんだぞ。とうぜん真紀のことは気になるが、なにより君がどう思っているのか知っておきたいところだ」

マッチング前はあんなに余裕だったのに、いざ真紀とマッチングしたら気になるってどういうわけなのか。あんなこと言ってたけど真紀とはマッチングしないと信じてたとか。しかし、悠然として『めでたい』と言っていた。

考えられるのは俺以外の男との関係が切れてしまった可能性だ。

「真紀とはなんでもなかったよ。飯食って昔話に花を咲かせただけ。学園のマドンナが俺とマッチングだなんて、そんなのないって」

「これから関係が深くなっていくことは十分考えられる。君はそれだけ魅力ある男だ」

「嬉しい言葉だけど自分の魅力ってなんなのかわからないよ」

「言葉遣いに性格は現れる。君は一般人にしては比較的良い言葉遣いだ。誰に対してもね。人への接し方も柔らかく、気は利かないが気遣いはある」

「ちょっと、それどういう意味?」

「気が付きさえすれば、そのために行動できる人って意味さ」

褒められてるのかもしれないが、素直に喜べる内容ではなかった。

「美容と健康への意識も高く、比較的堅実な思考を持ち、没頭する趣味もある。この手の話が好きな相手なら楽しませることはできるだろう。少しメンタルが弱い部分もあるが、それは相手に不快な思いをさせないために自分が引いていることの裏返し。穏やかな性格と優しさからくるものだ。なにより容姿もそこそこに良いんだ、派手で男らしさが苦手な人からすれば中の上以上の安定物件。少し長く付き合ってみないとわからないというのが、君からモテを奪っている理由だろう」

俺の話から得た情報で、俺という人間をここまで分析したこともさることながら、当の本人である俺も『そうだったのか』と納得させられてしまった。

「つまりだ。真紀は学生時代の長い期間で君の良さを理解している可能性がおおいにある。ただ、君との距離がまだ遠くて行動に移せない、または君が張っている壁が邪魔をしているといったところなのかも」

「壁?」

壁とはなんだろう? むしろ俺はウェルカムだった。学生のときは。

「わたしくらい容易に心の壁をすり抜ける力とスキルがあれば、ハルトくんを落とすくらいわけないのだけどね」

「すげぇ自信だなぁ」

「もはや陥落寸前じゃないのかい?」

「どうかなぁ? まぁアイさんが素晴らしい女性なのはわかるけど……って、あれ? 今、俺のこと晴翔くんて?」

この人はどこからか俺の情報を盗み見ているのか? という考えが一瞬だけよぎった。

「ん? 君の名前はハルトなんだろ? さっき電話口でそう名乗っていたじゃないか」

「そうだったかも?!」

それは俺の大きな勘違いだった。

「君の情報に『うっかりさん』も付け加えておこう」

こうして、俺の呼び名が『ハルくん』から『ハルトくん』へとシフトした。
「それで、真紀とはどうなったのかな?」

話題が戻ってされた質問に、俺は言葉を詰まらせてしまう。

このことを話していいものか? でもマッチングを勧めたのはアイさんだし、友達として花火に行くなら問題ないよな。ということで正直に話すことにした。

「花火大会に行くことになったんだ」

「真紀と?」

「そう、真紀と」

問題ないという結論に至りながらも自ら『真紀』という名を出すことに抵抗を感じた俺に、アイさんは確認をした。

「それはいつ? どこでやる花火?」

やたら確認してくることに戸惑いながら俺は時間と場所を教える。

「明日の土曜日かぁ……。そうかぁ……」

「なに? なにかまずいの?」

アイさんが言うと妙に不安になるのは、それだけ彼女の言葉に重みを感じる関係になっているからだろう。それは信用を越えつつある前兆なのかもしれない。

明日の天気は雨だったかと二日前に見た天気予報を思い出す俺に、アイさんは少し明るい声で言った。

「いや、問題ないよ。ふたりっきりで楽しんでくるといい」

「あっ、うん。そうだね」

真紀へのライバル心から焦ったのかとも思えたが、最期は余裕の発言を残してアイさんとの通話は終わった。