小説は中学に入ってすぐ書き始めて大学のときに筆を止めた。社会人二年目に再び筆を取ってから一年間で、WEBでの流行りやテンプレに乗り切れないと判断し、公募にステージを移していた。

「こいつも今月中に書き終わる。前に公募に出した過去作を改稿しながら新作を考えよう」

こんな独り言で自分に気合を入れた俺は、ココアを補充しようと席を立つ。キッチンでお湯を沸かしココアを豆乳で割ったところで、デスクの隅で充電していたスマホが揺れた。

「アイさんだな。仕上げたところまで聞いてもらうか」

席に戻ってココアを口に含みつつスマホを見た俺の目に『新着メッセージがあります』の文字。だけど、このメッセージはアイさんではなく、MKというハンドルネームの女性だった。

『こんにちはハルさん。確認ですが、あなたは私と同級生だった彼で間違いないですか? もし違っていたならごめんなさい』

アイさんとは違う丁寧な文章からは真紀らしさが感じられた。

「やっぱり真紀だ」

すぐさま返信しようとしたのだが、なんと返したらよいかがわからない。これが普通のメッセージアプリというなら、ここで手が止まるはずはない。マッチングアプリを通していることが変に緊張させているのだ。

『友達として再会すればいいじゃないか』

このアイさんのメッセージを思い出し、俺は彼女に返信した。

『ひさしぶり、元気だった? 先週の同窓会来なかったね』

この返しで間違いなく俺だと言うことは伝わった。そうだとわかったのは俺の本名を明記してきたからだ。

『私は友達と海外旅行だったの。永井君は参加したんだよね。同窓会に参加した人に聞いたわ』

高校の思い出に興味がないわけじゃなかったかと、彼女のこの返信に少しだけホッとした。少なくとも俺にとって真紀との思い出は悪いモノではないからだ。彼女にとって忘れてもよい思い出であって欲しくない。

『同窓会は楽しかったよ。さすがに七年も経つとみんな変わってた。男は太ってる奴が多かったし、女はみんな大人っぽくなってた。真紀は海外旅行だったのか。どこに行ってきたの?』

『男性は太ってたんだぁ。永井くんはその心配なさそうね。それとも昔の写真でも使っていて、今はまるまる太ってたりしてね。海外旅行はオーストラリアよ。北部だからそんなに寒くなくて良かった』

『太ってない! これでもジムに三年通っているんだ。健康のためだけど』

こう返しながらも俺の頭の中ではオーストラリアにいるアイさんのことが浮かんでいた。

『高校のときから鍛えていたら少しはモテたのかもねぇ~』

『ひどっ! 真紀は美人だからいいよな。ずっとモテ人生まっしぐらで』

このメッセージを送ってから思った。『美人』というワードから俺の好意がバレてしまわないかと。

だけど、そうは受けとらなかったようで『美人の部類なのかもしれないけど、それで良い人生だったと思ってないわ。だからアプリを始めたの』と返ってきた。

この返信にどんな感情が込められていたのか、このときの俺にはわからなかった。

そんなこんなでニ十分、俺たちはメッセージを続けていたのだが、このあと用事があるということで、ここで一旦会話は終了する。

高校のときよりも打ち解けて話せていたのはメッセージだからか。それとも真紀への恋心が薄まったからか。

ベッドに寝転びながら、この繋がりをどう進めていけばいいのか考えていた。

二日、三日とメッセージを交わしていた俺と真紀だが、これと言って進展はない。その後も真紀とは話しつつ、アイさんとのやり取りもされていた。

真紀とのやり取りがあるとは言え、アイさんに対しての好意が薄くなったわけではない。だけど腰を折られてしまったことは否めない。そのため俺はアイさんに「帰国後に会おう」と言い出せずにいる。そんな俺に真紀は『明日の夜、一緒にディナーはどう?』と誘ってきたのだ。

仕事は滞りなく終わり、駅に向かった俺は真紀に連絡した。

『今終わった。三十分くらいで最寄り駅に着くよ。真紀はどう?』

これに対して彼女からすぐに返信が届く。

『私はもう電車。北口駅交番前で待ってる』

改札を出て階段を下り、交番前までやってきた俺は真紀を探してあたりを見回す。しかし、見当たらないためスマホからメッセージを打とうとしたとき声が掛けられた。

「永井くん」

振り向かなくてもその声が真紀だということはわかる。変わらない生声に俺の心は小さく弾んだ。