『あのヒロインを掘り下げる回想は不要だな』

『えー、俺的には名シーンなんだけど』

『間延びしているよ。セリフの説明だけで十分だ』

こんなふうに感想や意見やアドバイスをもらえるのだが、即返であってもメッセージではもどかしい。もっと話したい。つまり、言葉を交わしたいという思いが俺の中で湧き上がり、ついにその気持ちを文字にした。

『通話したいっ!』

このことを伝えるのは俺にとって容易なことではなかった。

こういった男子の悩みは、女性と付き合った経験とは関係なく性格なのだろう。

『そうだな。もっとテンポよく話せたほうがいいな』とアイさんが通話を受け入れてくれた。

「ホントに? マジで?」

緊張と不安に苛まれながら伝えた言葉と思いは彼女に届き、それに対して喜び勇んで返信を送ろうとメッセージを書いたのだが……。

「こういうのってすぐに番号を教えていいもんだろうか?」

俺は送信する直前に指を止めた。

SNSなどでの犯罪は増えている。アイさんを疑うのは失礼だが、なんだかちょっとだけ怖い。そんな俺の思いを見透かしてか、こんなメッセージが送られてきた。

『アプリに通話機能があるから、それを使えば安全だ。心配しなくていい』

「アイさんって使い慣れてる?」

返答が遅かったからなのか、俺の悩みを察してアプリに通話機能がついていることを教えてくれたアイさん。深く考えていなかったことだが、きっと俺よりも長くアプリを利用しているのだろう。となれば、多くの男たちとやり取りしてきた可能性に気が付いた。それどころか現在、彼女のやり取りしている相手が俺だけとは限らないということにも。

そんなモヤモヤ感と嫉妬が俺の浮かれる心を包む中で、表示されたアプリ画面の上部の受話器マークを確認する。

微妙に震える俺の指が通話アイコンに触れようとした瞬間、聞きなれないメロディーが流れ出した。ビックリして取りこぼしそうになったスマホを掴み取り、通話の許可を求めるメッセ―ジを見た俺は『はい』のボタンをタップする。

「やぁハルくん」

大きな声とは違うハッキリと落ち着いた声が俺の名を呼んだ。その声は、元カノに似ていたことで、さらに俺を驚かせ、困惑させる。

「は、はじめ……まして。こんばんはアイさん。はじめまして……」

一週間ほどやり取りしていた相手に『はじめまして』とはいかがなものかと思った俺に、アイさんも「はじめまして」と返してくれた。

「緊張しているのかい? 無理もない。初めてとはそういうものだ。かく言うわたしも、このミッションが成功するのかどうかという思考によって頭脳はフル回転中さ」

この妙な言い回しこそがアイさんだ。こんなことを言われたために、俺の緊張も上書きされる。合わせてアイさんのマイペースさが通常モードに引き戻す。

「さて、ではさっきの話の続きをしよう」

さも当然というように彼女は小説の話の続きを語り始める。俺と違って初通話の緊張や嬉しさの余韻など感じさせないのは、ニューヨーク生まれによるアメリカンな性格からなのだろうか。

アイさんの話し方はメッセージの文章と変わらない。こういう人なんだなとすんなりと受け入れられたのは、元カノと似ている点と彼女の人柄からだろう。もちろん声しかわからないけど、タメ口というか上からなしゃべり方が見下しや威圧ということはない。むしろ、彼女からは誠実な印象を受けた。

「……というふうに思ったのだけど、どうかな?」

「アイさんは博学だな。あのコミュニティーの数は伊達じゃないね」

「知識だけは豊富なんだ。知性は今磨いている。心配なのは人間味なんだけど、ハルくんからはどう感じるかな?」

のっけの通話からされた難しい質問に俺は大きなプレッシャーを感じた。

この回答をしくじったらここまで築き上げた関係はパーになっちまうんじゃないのか?! そう思うと軽々しい回答はできない。正直に言えばいいというものでもないが、嘘は論外だ。慎重に考え、言葉を選び俺は伝えた。

「磨きかけの知性は俺よりもずっと高いね。でも、もしも人間味が心配なら俺ともっと話そう。そうすればきっとなりたい自分になれるよ」

どうだ?!

数瞬で捻りだしたこの返し。ギャグというわけではなく、アイさんと今後もやり取りしていきたいという気持ちをやわらかく伝えるための言葉だ。

この回答を聞いたアイさんは、わずかな間を置いてから笑った。

「ありがとう。君の人間味はわたしの好むところだ。しっかり勉強させてもらうよ」

彼女のこの言いようから、とりあえず最初の大きなハードルは越えられたように思えた。