アイさんの本名は不明。二十三歳の社会人一年生だという。話題も豊富で俺と同じ趣味も持っており、一方的な感想としては相性はバッチリだった。

一日数回の会話のやり取りは、うまい具合に俺の空いた時間にメッセージが送られてくる。おかげでタイムラグなく気持ちがいい。同窓会ではそれが難点という意見もあったが、アイさんは即返してくるので問題ない。会話もうまく質問も織り交ぜられており、途切れることもない。

こんなに女の子と楽しくやり取りしたのはいつだっただろうか。ひとつ年下でありながらアイさんは悩みを聞いてくれた。ときには的確なアドバイスを、ときには苦言でさえ穏やかに言ってくれる。おかげで俺の人生は良い方向に進み始めたような気がしていた。

彼女は旅行が好きなようで、さまざまなところで撮った写真や動画も送られてくる。そのアクティブさがますます俺の興味を引き付けた。

元カノと別れてから約二年。その後はこれといった女性との接点はなかった。それは俺の趣味に関係しているからかもと考えて、その趣味とそれに関連することは人に話さなくなった。

『ところでハルくん。君の趣味はなんだい? そろそろ教えてくれないかな?』

こんなメッセージが送られてきたあたりから、事が大きく動き出したように思う。

『趣味は書いてあるとおりですよ。映画や動画配信の視聴。たまにプラモデル作ったり漫画読んだり。あとジムに行って運動してます』

これらはすべて、コミュニティーと自己紹介に書いた内容だ。嘘ではないのだが、すべて書いたわけではない。それを見透かすような質問に俺はドキッとしてしまう。

『君の生活リズムから察するに、メインとなる趣味でもあるのじゃないかと考えた。どうかな?』

このメッセージに俺は驚きを隠せない。俺の挙動を誰かが見ていたら即バレだろう。

ちょっと怖いなぁと思いつつも返信内容を熟考したあげく、今後のことを考えて正直に話すことにした。

『実はね、小説を書いているんだ。あとアニメもそこそこ観てる』

さぁどうだ。俺を見限るか?!

自分がドヲタクというほどではないと思っているが、人によってその尺度は違う。小説を書いているという部分も人によっては敬遠するのではないかと思うため、元カノと別れてからは話さなくなった。話さなくなった理由はもうひとつあり、彼女と別れる頃からしばらくは、小説を書かなくなったからだ。

いつもなら即返のアイさんだが、このカミングアウトに対してはいかがなものか。そんなふうに頭を使うのは数秒のこと。

『そんな楽しそうな趣味を隠していたのか。わたしも勉強のためにたくさんの小説を読んでいる。その中にはライトノベルもあるのだけど、ハルくんはどんなのが好きなんだい?』

いつもどおりの即返の内容は、俺が心の底で求めていた模範解答だったのだ。

その日以来、俺たちは小説の話で盛り上がった。

大学のときに止めていた執筆は社会人になってから少しずつ再開し、WEBにアップしたり何度か公募に送るなどしていた。書くことを止めていた期間は読む方に時間を費やしたのだが、それはいち読者として楽しんでいただけだ。しかし、そのときにインプットしたことが、確実に俺の血肉となっている。結果は出ていないが実感はあった。

アイさんと出会ってから、その血肉がたしかな実力を発揮し始める切っ掛けとなっていく。