「永井くんは小説を続けてるんだね。なんでアプリの趣味の欄に書かなかったの?」

「小説を書いているなんて『引かれる』かもしれないじゃん。出会いの確率が下がると思うから」

「同じ趣味の人と出会える確率は上がるんじゃない? 小説書いてるってことで逆に『惹かれる』人もいるでしょ」

「そうなんだけどさ。結果が出てないからどうしても胸を張って言えないんだ」

「私は好きなんだけどなぁ。あなたの作品」

「え? どういうこと? 読んだの? いつ? どこで?」

彼女の言葉に疑問を持ち、そのあとは恥ずかしさが込み上げてきた。

「うんとね。永井くんのハンドルネームが聞こえたから、それを検索してネットに上げてた作品を読んだの」

「あれを読んだの?!」

自分でも恥ずかしさに顔が赤くなっているのがわかる。たしかに俺は処女作と二作目をWEB小説サイトに上げていた。それをまさか彼女に読まれていたとは。

この不意打ちによって火が吹きそうな顔は、いったいどんな表情をしているのだろうか。

「文章も描写も稚拙だっただろ? でも、今はもっとましになってる。自分でもわかるくらい」

いまさらながら動揺を隠しつつ俺はそう返した。

「私もその頃は似たようなものよ。でもストーリーやキャラクターはすごく良かったと思うな。今書き直したらいけるんじゃない?」

こうして褒められるとそんな気になってしまうのが俺の良いところなのか、沸々と書きたい気持ちが湧いてくる。

「その影響で私もファンタジー物を書き始めたの。あなたの影響よ。永井先生のファン第一号かしら?」

彼女は自分の恥ずかしさを隠すために俺をからかっていることがわかる。

「君がファンになってくれるなんて光栄だなぁ」

俺も恥ずかしさを隠すためにおどけて言った。

「大学三年の就活の頃にやめていたんだけど、去年からまた書き始めたんだ。真紀はずっと続けてたの?」

「私も同じ感じかな。あなたに小説を書いていることを伝えられないまま三学期を迎えて。今度こそって思ったんだけど」

「だけど?」

彼女は視線を下に落とした。

「あなたがサークルの大原さんとお付き合い始めたでしょ? それでもっと言い出しづらくなって」

純奈は高校三年の二学期に転校してきた子だ。小説という趣味で意気投合して約三年間付き合った。彼女がWEB小説で当たって書籍化したことで、だんだんと疎遠になってしまった。執筆が忙しくなったこともあるけれど、それは疎遠になった理由の半分。残りの半分は嫉妬だ。時間が経った今だから素直にそう思える。

「マッチングアプリをするくらいだから別れたんでしょ? 今でも連絡取ってるの?」

「いや、今はもう連絡取ってないよ。彼女はプロデビューしたからね。執筆で忙しいと思うし」

「小説家になったんだ。たしかに面白い物語を書いてたもんね」

「もしかして。彼女の作品もWEBで?」

「うん。ハンドルネームが聞こえたから」

真紀は笑顔で首をかしげて見せた。

「なら今はひとりで書いてるってことね。だったら……」

ちょっと言葉をためた彼女。その目がなにかを訴えているように感じるのは、俺の妄想なのかもしれない。

「私と一緒に切羽琢磨し……ま…………」

真紀の言葉が途切れ た。その眼も驚きの様相を見せている。そう思うのも俺の妄想だろうか。

「真紀?」

彼女の眼は俺を見ていない。視線はわずかに俺の横を見ている。それが俺の後ろなのだと思い振り向くと、そこにはジト目で俺たちを見る赤いメガネの女性がいた。