店に入ってレジに並び、商品を受け取って席に座ったところで、咲苗が話を切り出した。

「どういうことか? ってことですよね」

うなずく俺に咲苗は元気に説明した。

「どうもこうも、愛しの先輩をマッチングアプリで発見してしまったからです。つまり晴翔先輩はフリー。あたしだとわかってしまったらお互い気まずいので、あたしではないあたしに新たな出会いからの感情を持って判断してもらおうと、渾身の写真を撮って『いいね!』を送りました」

長いながらもその内容はストレートの告白に思えなくもない。

「昨日、就職活動だの企業側だのって言ったのは、マッチングするためってことか」

「そうです。嫌ならスルーされるだろうけど、あたしだと気付かれていないなら、会社でも気まずくならなくてすみますから。でも、マッチングしてくれたってことは脈ありってことですよね?」

「え、まぁ、なくはない」

「なんかハッキリしませんねぇ……」

咲苗の魅力や人間性は申し分ない。『サク』としてマッチングした理由と同じで、アイさんと真紀のことがなければ絶対にスルーすることはないレベルだ。それをハッキリ口に出して伝えてしまうと、俺の顔から火が噴き出しかねない。

「いや、普通に気まずいっていうか恥ずかしいって。会社の後輩とマッチングしたんだから」

「恥ずかしいのはあたしも同じです! でも、あたしだと知られたうえでマッチングできなかったら、もっと恥ずかしかったんですよ! あたしの勇気ある行動を称えてください」

「正体を隠してたのに勇気ある行動なの?」

ぷくぅっと頬をふくらます咲苗の可愛さを先輩としての肩書に支えられてどうにかいなし、カフェで小一時間楽しく話した。そして、初日にもかかわらず連絡先を交換して俺たちは初めてを終えて帰宅した。

「ただいまぁ」

こうやって誰もいない部屋に挨拶をするのはいつもの習慣だ。その帰宅の挨拶に呼応してスマホが振動する。

『おかえり、かな? 帰宅したのなら話しをしないか? もちろん手洗いとうがいのあとでいい』

「さすがだな」

手洗いとうがいをすませ、ついでに風呂にお湯を溜めながら、俺はアイさんと通話した。

「モテ期到来だな。人生で三人の女性と同時に親密になるなんて。今までないことだろ?」

「俺の過去を知っているみたいな言い方だなぁ。たしかにそのとおりなんだけど」

「まさか君に寄って来る女性が他にもいたなんて。わたしとしたことが迂闊だった。だけど、この迂闊さこそ人間味ってことでもあるんだろうと受け止めよう」

このおかしな反省の仕方がアイさんらしい。

「バッタリ出くわすその強運。わたしにはないその力、敵ながら敬意を持つね。運命などという力が本当にあったらお手上げだな」

「よくわからない反省したり敵に敬意を持ったりしてるけど、アイさんも俺とマッチングしてるってこと忘れてない? 俺との距離は今どんな?」

「う~ん。精神的な距離を言っているのだろうけど、それを言い表すのは数学者には難しいな。だけど、物理的な距離よりも近いことは間違いない」

こう回答したアイさんは現在出張中。その行き先は韓国だという。

「オーストラリアのバカンスを終えたらすぐに飛ばされたんだ。世界を股に掛けるビジネスウーマンは大変なのさ」

俺のひとつ年下ながらもアイさんはバリバリと働いている。そんな話を聞くとさすがに気後れしてしまうのだけど、それでも彼女への好意が上回っているのは、その手が俺に向かって差し出されていると感じられるからだ。

「来週には帰る予定になっているよ。お土産を楽しみにしておくといい」

「それって?!」

今度こそ会えるのかと、俺の心は弾ける寸前の風船のように膨らんだ。

「では今日は休ませてもらう。おやすみ、晴翔くん」

「うん、おやすみ」

アイさんと会えるかもという展開にウキウキしつつも、咲苗とのマッチングが頭の片隅で騒めいている。アイさんと真紀に続いて咲苗とマッチングしたことで、毎週やってくるちょっとだけ憂鬱な朝に、少しの楽しみと、ひと摘みの気まずさがブレンドされた。