あっという間に一時間は過ぎ去った。ラストを飾ったスターマインの余韻に浸っていたいところだったが、このあとに行くことにしたファミレスが満席になる前に会場の公園を出ようと急ぎ出口に向かう。とはいえ、浴衣を着て鼻緒タイプのサンダルを履く真紀が走れるはずもなく、彼女のペースで歩いていた。

「アプリはなんではじめたの?」

 まだ人の少ない帰りの道すがら、俺は今日まで聞かずにいた質問を投げかけた。

「ん? もちろん素敵な人と出会いたいから。たくさんの人に好意を持たれていた自覚はあるけど、私から好きになるってことにかんして言えば他の人とは変わらないのよ」

 これはつまり現実ではなかなかマッチしなかったということだろう。

「加えて言えば私は偏食なの」

「偏食? 偏食って……」

「あぁ、違うわ。言葉の通りの意味じゃなくて、男性に対してね。変わった趣味って感じに受け止めて」

 美人だからといって寄って来る男が好みとは限らない。そのうえ真紀の間口は狭いということらしい。

「永井くんはどうなの?」

 俺が聞けばとうぜん聞き返してくることは想像していたのだが、なんと返そうかとまでは考えていなかった。

「アプリなんてしてるってことは彼女と別れたってことよね?」

「そんなこと知ってたの?」

 それは高校三年の二学期末から付き合い始めた彼女のことだ。

「大原さんでしょ? 彼女は誰とでも同じような態度だけど、クラスで見てたらなんとなくね」

 俺は在学中に彼女と付き合っていることを誰にも話していなかった。大学に入ってからしばらくして数人の男友達に打ち明けたことで、それが一部で広まったらしい。しかし、真紀は当初から怪しんでいたというのだ。

「四年くらい付き合ってたけど、ちょっと気まずくなって」

「そうなんだぁ」

 さて、この『そうなんだぁ』に込められている感情はいかなるモノなのか? その答えはわからないままに視線を上に向けながら真紀は続けた。

「それで、良い人とは出会ったの?」

 この問いにアイさんの顔が浮かんだため一瞬言葉に詰まりながら「ちょっと気になる人はいるかな」と答えた。

 それを聞いた真紀も「私もちょっとだけ気になる人がいる」と返してくる。

 花火会場を離れた俺たちはそれ以降この話はせずに、二組待ちで座席に案内されたファミレスで食事をしながら映画や漫画などの趣味の話をした。

 真紀もアニメの映画を観るんだなどと、収穫した彼女の情報を手土産に「またね」と俺たちは次に繋がる挨拶をして別れた。

 家に帰り着いたタイミングでスマホのバイブレーションがポケットから伝わってくる。アイさんからのメッセージだ。

『楽しかった?』という問いに対して、素直に『楽しかった』とは返しづらいのは、アイさんに対しての罪悪感だ。彼女から『いいね!』をもらってマッチングを果たしたのにもかかわらず、学生時代の級友とはいえど過去の想い人と花火大会に行って楽しんできたとは言いづらい。

『なにか進展はあった?』

 この質問にドキッとしながらも『小さな同窓会だったよ。綺麗な花火を見ながらね。オーストラリアで花火はあるのかな?』と俺は返して話題を逸らす。

 メッセージのやり取りなのだがアイさんの察しの良さが怖くて、ポーカーフェイスは崩さずに返信を待った。

 いつもならすぐに返信されるメッセージは三分ほど過ぎても返ってこず。さらに三分が過ぎた頃にようやく震えたスマホがメッセージの到着を知らせる。

 そのことにホッとしつつ開いてみると一枚の写真が添付されていた。その写真は花火をバックにした浴衣姿のアイさんが自撮りしたものだった。

「これって?!」

『アイさんも花火大会に来ていたの?』と返信したのは、その景色に見覚えのある銅像が写っていたからだ。

 次の返信は早く『君と同じ花火を見ていたよ』という内容だった。

 やましいことなどないのだが、俺たちのことを見られていないよな? と心配してしまう。

『アイさんも来るなら言ってくれたら良かったのに』

 深くは考えずに送ったメッセージに『どう良かったんだい?』と返され二の句が継げない。

『一緒に花火を見るなんてことしたら、花火会場が修羅場になっていたかもしれないぞ』

 この文面を読んで、アイさんも俺に対して好意を持ってくれているのだと思えて少しだけホッとした。

 状況から察するに、オーストラリアから緊急帰国した彼女は、俺を花火大会に誘うために電話をしてきたのだと考えられる。なのに俺と真紀が花火に行くことになっていたことで、あんなことになったのだろう。

 とりあえず俺はそうなんだと納得して、花火の余韻とアイさんの小さな嫉妬らしきものを意識しながら布団に入った。