【八月二十七日(土)】
花火大会当日。このときの俺は妙な心の躍動がウキウキであることを自覚していなかった。

待ち合わせ場所は混みあう駅は避けて、会場となる市営公園の出入口横とした。到着したのは待ち合わせ時間の二分前。ギリギリなのは昔からの俺の悪い癖だ。

人の流れから外れてキョロキョロしながら真紀を探す。

「どんな服装で来るのか聞いておけばよかった」

電話をかけようとしたときに背後から名を呼ばれた。

「永井くん、こっち」

呼び掛けに振り向いた俺の心は、数日前に再会したそのときの何倍も大きく弾んだ。

「どうしたの?」

俺の表情から動揺を察し、真紀はそう聞いてくる。

動揺の理由は彼女の姿だ。夏の花火大会にふさわしいその浴衣姿に、俺の心が強く反応してしまったのだった。

「浴衣姿なのに驚いた。美人はやっぱりなにを着ても絵になるな」

後半は誉め言葉なれど、それを誤魔化すために皮肉っぽい口調で言ったため、彼女はちょっと拗ねた表情を見せる。

「これはモテなかった永井君に対するサービスよ。浴衣が似合う女性と花火を見に来たことなさそうだから」

ささやかな反撃を見せた真紀の笑顔に俺は心をくすぐられ、視線を合わせられなくなってしまう。

このやりとりの勝利を確信したであろう真紀は「行きましょう。混雑する前に場所を確保しないと」と言って俺の手を引いた。

そんな真紀の行動に、こんなに積極的だったのかとドキッとさせられてしまう。

花火観覧の場所取りまでに七年前を振り返り、そのときの彼女の姿を思い出した。

学校の制服しか見たことがなかった当時、私服姿の彼女を見てドキドキしていた俺が、今もドキドキしているのは成長していない証か。はたまた俺の成長よりも彼女の成長が早いせいなのか。

この答えがでないままに花火を観覧できる開けた場所に到着した。

持ってきた敷物に座ると真紀は手提げ袋から飲み物を出して俺に差し出してくる。

「ありがとう」

「これも持ってきたから一緒に食べましょう」

それは、タッパーに入ったサンドウィッチだった。

「あとこれ、それとこれも」

おにぎりにウインナーや卵焼きやコロッケなど、ピクニックかというほどの弁当が並べられた。

「こんなに? 手作りだろ? すごいな!」

「たいした物じゃないわ。永井くん大食いだったから量だけは用意してみたんだけどね」

俺の感嘆に真紀はなに食わぬ顔で言ったのだが、俺が大食いだったことを知っていることにさらに驚いた。その驚き顔を見て彼女はこう付け加える。

「あのときも帰りに寄ったファミレスでみんなの三倍食べてたじゃない。そんなに食べて太らないの? ってみんなで話したの覚えてない?」

「俺は覚えてるけど、それを真紀が覚えていることに驚いた」

「私、記憶力はいいの。永井くんと品川くんが大塚さんが要らないって言ったパフェのブラウニーを取り合っていたことも覚えてる」

そう言って真紀は袋からもうひとつタッパーを取り出した。

「はい、どうぞ」

そこには俺の好物のブラウニーが入っていた。

「これって……、手作りなの?」

「たいした物じゃないわ」

真紀はにっこり笑ってそう言ったが、その笑顔には少しだけドヤりが混入されていたように俺は思えた。

「もう時間ね。こうして会場に来て見る花火はひさしぶり。楽しみだな」

数秒後、花火大会の開始を告げるアナウンスと尺玉が一発上がり夜空から俺たちを照らす。

「わぁぁぁ」

光を受けて浮かび上がる真紀の横顔を見たとき、遅れて届く花火の衝撃が心の奥に眠っていた想いを呼び起こした。それは、消えたと思っていた真紀への恋心。

「綺麗だね」

「そうだな」

綺麗の対象が真紀であるというモノローグが俺の頭の中に流れたのは創作家だからという理由だけではないだろう。

今日は天気は良く、上空にはほどよく風があり、花火の観覧としては申し分ない。それがこんなに綺麗な女性と一緒に楽しく会話しながらともなれば、これ以上のことはない。呼び起こされた恋心と相まって、このイベントは何倍も楽しいモノとなった。