「ここではなんだから……、うちの客間へ入っていかない?」

 百合子が切り出す。

 その場の全員にとって、予想外のことだっただろうが、きっとその提案はとても有難く、また無難なものだった。

 立ち話でできる話ではない。

 かといって、自宅へ招くなどできるはずがないし、どこかのお店というのもここにはあまりない。

 目の前の【ゆずりは】なんて職場でできる話であるはずはないし。

「……」

 でも梓はすぐに答えられなかった。

 場所がもらえるのは有難い、でも一体、今更なにを話せというのだろうか。

 どうしたものか困ってしまったのだけど、そこへ肩が叩かれた。

 ぽんぽん、と優しく、梓を落ち着かせるような触れ方だ。

「大丈夫。私も家族もいるし……、和ちゃんは良ければ私が見ているから」

 百合子がそう言って安心させてくれる。

 確かに、ほかのひとも同じ家にいるのだ。

 和を見ていてももらえるなら、きっと子どもの耳に入らないほうがいい話題には有難い。

 梓は、ぐっと拳を握った。

 ここで逃げられるはずがない。

 それなら、ちゃんと話をするのが一番の近道だ。

 ……和臣に帰ってもらうための。