「あれ、小弓川さん?」

 不意に知っている声が聞こえて、梓はびっくりした。

 今、こんなところで聞こえるとは思わなかったのだ。

 この日、梓は警察署に来ていた。

 少し前、落とし物をしたのが見つかったと連絡があったので、それを引き取りに来たのである。

 落としたのはパスケースだった。通勤用の定期が入っていたので、なくしたときは大変動揺したものだ。

 だが、怪我の功名。

 その定期であるICカードの登録情報から梓に連絡が来た。

 親切なひとが拾って届けてくれたから、取りに来てくださいという電話だった。

 梓は窓口でパスケースを受け取り、お礼は要らないと言われてしまっていたので、何度もお礼を言って、帰ろうとしたところだった。

「か、和臣先輩!?」

 梓は目を真ん丸にして和臣を呼んだ。高校の頃から呼んでいた呼び方だ。

 すらっと高い背丈の体は、スーツを身に着けていた。

 手にはなにも持っておらず、警察署を訪ねてきたにしては不思議な様子だった。