◇◇◇

「………義嵐。
俺はやはり、不甲斐無かっただろうか…。」

努めて冷静な声を出そうとしたのに、我ながらなんて覇気の欠片も無い弱々しさだ。
体を清め、口内に薬も塗ってもらった。体はもう大丈夫。…だから、もう片時も早苗さんから目を離すまいとした。それなのに…

『…いっ、いいえ!いいえ!
仁雷さまはよくお休みになってください…!どうか、わたしに構わずに…!
ひ、一人に、なりたいのです…。』

あの早苗さんの慌て様。今頃は裏手の縁側で、物思いにふけっている頃か。
何を思ってか、など想像に難くない。あれだけ過酷な目に遭ったんだ。

「……早苗さんを護るはずが逆に助けられるなんて…。お使い失格だと思われても仕方ない…。」

「…え、そんなこと延々と悩んでんの?
今日早苗さんに“自信持て”って言った矢先じゃないか。」

義嵐は至極呆れた様子だ。足元に無数の酒瓶が転がっているが、当の本人は全く顔色を変えていない。ここまでくると蟒蛇というより、ただの(ざる)だな…。

義嵐の指摘はごもっともだった。
早苗さんを勇気付けたくて、もっと自分が尊い人だと知ってもらいたくて、俺は正直な思いを伝えた。だが…しかし…

「…こんな情け無い山犬に言われたところで、彼女からすれば“お前に言われたくない”と思っても仕方がない……。」

「………そんなウジウジしたお前を見るのも、ここ数十年で初めてだよ。」

義嵐は新たな酒瓶を手に取る。その呆れながらも楽しげな表情からして、俺の様子を見て酒の肴にしているんだろう。
そう分かっていても、俺が胸の内を吐露できるのは、目の前のこの男しかいないという事実が悔やまれる。

「なあ仁雷。もしかしなくとも、」

また何か無礼千万なことを言う気か。
それも良いか。俺は一度自分の不甲斐無さを身に染み込ませた方がいい…。


「早苗さんにさ、恋してるだろ?」


自分でも無意識だった。
みるみる床が遠のいていく。人の姿を保っていられず、俺は気付けば元の山犬の姿に戻っていた。芒色の体毛も尾も何倍にも膨れ上がって、全身で激しい動揺を示している。

【………なん、何言っ……!】

「いや、分かりやすすぎるって。何十年お前と組まされてると思ってんだ。あんな初々しい乙女みたいな反応、初めて見たぞ。」

【……………。】

俺はそんなに分かりやすい反応をしてたのか…。
義嵐の指摘に、俺は頭の中で返答を精査する。言い訳の台詞が瞬時に何通りも浮かぶ。頭の中が無数の言葉で埋め尽くされた挙げ句、

【……………ああ。心から好いてる。】

俺はとうとう観念した。