そして、
ついにやってきた顔合わせの日。
会議室へと足を運ぶと、キャストたちがあちらこちらで挨拶をしている。
私も鬼頭さんに必死についていき、挨拶を始めた。
「あ!原さん!このたびはありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
鬼頭さんが深々と頭を下げる。
「おう。鬼頭ちゃん。こちらこそよろしく。」
原さんは、トレードマークの首元のスカーフをクルクルと回していた。
「うちの佐藤、本日からよろしくお願いします。」
マネが私の両肩に手を置きながらそう言った。
肩に重圧という名の彼女の私に対する期待を感じた。
その期待に答えたい。
私は、その期待に応えるために、
「原さんの期待に応えられるよう頑張ります。よろしくお願いします。」
と元気よく言った。
しかし、彼は、
「あ〜よろしく。でも勘違いしないでね。俺が選んだんじゃないから。」
そう言いながら、再びピンクのスカーフをクネクネと回しながら、私と目を合わせなかった。
原さんが態度が悪いのは、いつものことだ。
私を嫌っている、よく思っていないことも分かっている。
そんなことは、通常通りだから気にならなかった。
原さんが選んでいないのなら、誰が選んでくれたのだろう。
そちらに気を取られていた。
「え?」
私は、思わずそう聞き返していた。
すると、
「るいがさ、君がヒロインじゃないとこの仕事受けないって言うからさ、仕方なくだよ…」
彼は、そう言って、胸元からタバコケースを取り出した。
「え?ルイがですか?」
「おう。なんか君に助けてもらったことがあるからもう一度共演したいって。」
「あ…そうなんですね…」
「今回の作品で俺の昇進もかかってるからさ、足引っ張らないようにしてくれよ?」
そう言って原さんは、喫煙室へと向かっていった。
どういうこと?
私がヒロインだと気まずいはずなのにわざわざ私を選んだってこと?
こないだも原プロデューサーの前で私に話しかけてきたり、彼は何を考えているのだろう。
私の脳内がキャパオーバーで倒れそうになっていると、
「リサちゃん!久しぶり!」
「あ!小笠原さん!お久しぶりです。」
ヘアメイクの小笠原さんが話しかけてくれた。
盛り髪に大きなリボン、花柄シャツにブラックパンツを見にまとった彼女。
彼女は、涙の事務所所属のヘアメイクさん。
彼と共演した作品の時に、ヘアメイクを担当してくれていた。
彼女と会うのは5年ぶりだった。
私はなんとも懐かしい気持ちがして嬉しくなった。
「どうしたの?ボーッとしちゃってさ。」
「あ、ちょっと考え事しちゃってて。」
「あら。大丈夫?」
当時もこうやっていつも私の小さな変化にすぐに気付いてくれて、助けてくれていた。
彼女が今回のドラマにもついてくれる。
こんなに頼もしいことは、ない。
「はい。久しぶりの連ドラなんで緊張してて…」
「そうか…無理しすぎないでね?ルイくんも一緒だし、心強いわね。5年ぶりにまさか2人の共演が見られるなんて、夢のようだわ。私も久しぶりにリサちゃんのメイクできるの嬉しい。」
「そう言ってもらえて、嬉しいです。これからよろしくお願いします。」
「うん。こちらこそよろしくね。」
2人で話していると、
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ。
ものすごい人数の足音が遠くの方から聞こえてくる。
ガチャ。
ドアが開いた。
「西園寺るいさん入られます。」
ADさんの綺麗に透き通った高音ボイスが彼の登場を知らせる。
彼がスタジオに入った瞬間、目を開けていられないほどの光を感じた。
もちろんスポットライトがあるわけではないし、
照明が当たっているわけではない。
芸能界にいると、こういう不思議な体験をすることがあるのだ。
光に照らされているのではなく、自ら光となり、輝く人間が、この世界には、ある一定数存在する。
そのような人間に出会った時、
私のような平凡な人間は、実感するのだ。
自分は、何者でもないのだと。
彼の後ろを全身黒い服を見にまっとった謎の集団が、某大学の集団行動のように、1列になり、ずらずらとスタジオへ入ってきた。
「キャーーー!ルイくんだ!!!」
「ルイくん、今日もカッコいいね!」
「ですね!」
ヘアメイクさん、スタイリストさん、ADさんが歓声をあげる。
世の女性全てを虜にする男。
さすがトップアイドル。
にしてもスタッフの数、多いなぁ。
「るいのスタッフ、こんなに多いんですね。」
私は、あまりの衝撃に言葉に出していた。
「そうなのよ。」
「5年前ってこんなにいなかったですよね?」
5年前に彼と共演した時は、
彼はまだ練習生だった。
彼は、現場まで電車で来ていたし、マネージャーが1人いる時もあれば、全くいない日もあったぐらいだ。
逆に当時の私は、今の彼のように多くのスタッフがついてきたが、今は、鬼頭さんと2人だ。
5年という月日は、こうも人の環境を変えてしまうものなのだ。
年月が経ったということを実感させられる。
感心していると、小笠原さんが彼について教えてくれた。
「5年前に熱愛報道出てから、事務所の警備が厳しくなったらしいのよ。絶対に共演者と仕事以外の会話をさせないようにするためらしいよ。」
「そうなんですね…アイドルも大変ですね…」
「そうね。正直私たちは、困ってるんだけどね。ルイくんとメイクの打ち合わせするにも如月さん通さないといけなくてさ。リサちゃんも気をつけなよ?如月さんほんとに怖いからさ。」
如月さん…
如月さんの恐ろしさは、私が1番分かっているのでないかと思う。
彼女の噂をしていると、
そんな話をしていると、集団の先頭にいた如月さんが落ちてくる眼鏡を必死に抑えながらこちらへとやって来た。
そんなに落ちてくる眼鏡なら、買い換えた方がいいのではないかとも思ったが、
眼鏡を買い換える時間もないほど多忙なのだろう。
心底彼女にも同情した。
「佐藤リサさん、鬼頭マネージャー。このたびは、うちの西園寺がお世話になります。」
彼女は、カバンの奥底から名刺を取り出し、鬼頭にそれを渡した。
「如月さん。こちらこそよろしくお願いします。」
鬼頭も如月さんに名刺を差し出した。
私は、何故だか全身が震えていた。
昔から彼女の顔を見ると、緊張してしまう。
もう関係のないことなのに。
もう怯えなくても良いのに。
だが私の脳は、あの時の出来事を鮮明に覚えているのだ。
でもあんなことがあったのに、何故彼のマネージャーは、私との共演を許したのだろうか。
そんなことを考えていると、彼の美しい声が聞こえてきた。
「リサちゃん、よろしくね。」
彼は、そう言って手を差し出してきた。
いつものように営業スマイル。
この笑顔は、仕事をしている時の彼の笑顔だ。
5年前は、素人のようなあどけない表情を浮かべた。初々しい彼だったのに対し、
5年で芸能界と言う場所に染まったのだろうか。
彼は、頭の先からつま先まで、西園寺ルイだった。
キラキラと光るアイドルであり、俳優であり、芸能人だった。
誰にもう壊されることがないほど、完璧に作り上げられたアイドルだ。
そう感じた。
そして彼は、私のことを、りさちゃんと呼んだ。
付き合っていた時は、私のことをリサって呼んでいた。
絶対に今考えることじゃないのに、そんな小さなことが気になった。
当たり前だけどそのことに何故か悲しくなった…
いやいや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「るいくん。よろしくね。」
私も精一杯の愛想笑い、女優の佐藤リサとして彼と握手を交わした。
「では本読み、始めます。皆さま集合お願いします。」
ADさんの声がけと共に椅子に腰掛けると、私たち演者に台本が配られた。
ついにやってきた顔合わせの日。
会議室へと足を運ぶと、キャストたちがあちらこちらで挨拶をしている。
私も鬼頭さんに必死についていき、挨拶を始めた。
「あ!原さん!このたびはありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
鬼頭さんが深々と頭を下げる。
「おう。鬼頭ちゃん。こちらこそよろしく。」
原さんは、トレードマークの首元のスカーフをクルクルと回していた。
「うちの佐藤、本日からよろしくお願いします。」
マネが私の両肩に手を置きながらそう言った。
肩に重圧という名の彼女の私に対する期待を感じた。
その期待に答えたい。
私は、その期待に応えるために、
「原さんの期待に応えられるよう頑張ります。よろしくお願いします。」
と元気よく言った。
しかし、彼は、
「あ〜よろしく。でも勘違いしないでね。俺が選んだんじゃないから。」
そう言いながら、再びピンクのスカーフをクネクネと回しながら、私と目を合わせなかった。
原さんが態度が悪いのは、いつものことだ。
私を嫌っている、よく思っていないことも分かっている。
そんなことは、通常通りだから気にならなかった。
原さんが選んでいないのなら、誰が選んでくれたのだろう。
そちらに気を取られていた。
「え?」
私は、思わずそう聞き返していた。
すると、
「るいがさ、君がヒロインじゃないとこの仕事受けないって言うからさ、仕方なくだよ…」
彼は、そう言って、胸元からタバコケースを取り出した。
「え?ルイがですか?」
「おう。なんか君に助けてもらったことがあるからもう一度共演したいって。」
「あ…そうなんですね…」
「今回の作品で俺の昇進もかかってるからさ、足引っ張らないようにしてくれよ?」
そう言って原さんは、喫煙室へと向かっていった。
どういうこと?
私がヒロインだと気まずいはずなのにわざわざ私を選んだってこと?
こないだも原プロデューサーの前で私に話しかけてきたり、彼は何を考えているのだろう。
私の脳内がキャパオーバーで倒れそうになっていると、
「リサちゃん!久しぶり!」
「あ!小笠原さん!お久しぶりです。」
ヘアメイクの小笠原さんが話しかけてくれた。
盛り髪に大きなリボン、花柄シャツにブラックパンツを見にまとった彼女。
彼女は、涙の事務所所属のヘアメイクさん。
彼と共演した作品の時に、ヘアメイクを担当してくれていた。
彼女と会うのは5年ぶりだった。
私はなんとも懐かしい気持ちがして嬉しくなった。
「どうしたの?ボーッとしちゃってさ。」
「あ、ちょっと考え事しちゃってて。」
「あら。大丈夫?」
当時もこうやっていつも私の小さな変化にすぐに気付いてくれて、助けてくれていた。
彼女が今回のドラマにもついてくれる。
こんなに頼もしいことは、ない。
「はい。久しぶりの連ドラなんで緊張してて…」
「そうか…無理しすぎないでね?ルイくんも一緒だし、心強いわね。5年ぶりにまさか2人の共演が見られるなんて、夢のようだわ。私も久しぶりにリサちゃんのメイクできるの嬉しい。」
「そう言ってもらえて、嬉しいです。これからよろしくお願いします。」
「うん。こちらこそよろしくね。」
2人で話していると、
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ。
ものすごい人数の足音が遠くの方から聞こえてくる。
ガチャ。
ドアが開いた。
「西園寺るいさん入られます。」
ADさんの綺麗に透き通った高音ボイスが彼の登場を知らせる。
彼がスタジオに入った瞬間、目を開けていられないほどの光を感じた。
もちろんスポットライトがあるわけではないし、
照明が当たっているわけではない。
芸能界にいると、こういう不思議な体験をすることがあるのだ。
光に照らされているのではなく、自ら光となり、輝く人間が、この世界には、ある一定数存在する。
そのような人間に出会った時、
私のような平凡な人間は、実感するのだ。
自分は、何者でもないのだと。
彼の後ろを全身黒い服を見にまっとった謎の集団が、某大学の集団行動のように、1列になり、ずらずらとスタジオへ入ってきた。
「キャーーー!ルイくんだ!!!」
「ルイくん、今日もカッコいいね!」
「ですね!」
ヘアメイクさん、スタイリストさん、ADさんが歓声をあげる。
世の女性全てを虜にする男。
さすがトップアイドル。
にしてもスタッフの数、多いなぁ。
「るいのスタッフ、こんなに多いんですね。」
私は、あまりの衝撃に言葉に出していた。
「そうなのよ。」
「5年前ってこんなにいなかったですよね?」
5年前に彼と共演した時は、
彼はまだ練習生だった。
彼は、現場まで電車で来ていたし、マネージャーが1人いる時もあれば、全くいない日もあったぐらいだ。
逆に当時の私は、今の彼のように多くのスタッフがついてきたが、今は、鬼頭さんと2人だ。
5年という月日は、こうも人の環境を変えてしまうものなのだ。
年月が経ったということを実感させられる。
感心していると、小笠原さんが彼について教えてくれた。
「5年前に熱愛報道出てから、事務所の警備が厳しくなったらしいのよ。絶対に共演者と仕事以外の会話をさせないようにするためらしいよ。」
「そうなんですね…アイドルも大変ですね…」
「そうね。正直私たちは、困ってるんだけどね。ルイくんとメイクの打ち合わせするにも如月さん通さないといけなくてさ。リサちゃんも気をつけなよ?如月さんほんとに怖いからさ。」
如月さん…
如月さんの恐ろしさは、私が1番分かっているのでないかと思う。
彼女の噂をしていると、
そんな話をしていると、集団の先頭にいた如月さんが落ちてくる眼鏡を必死に抑えながらこちらへとやって来た。
そんなに落ちてくる眼鏡なら、買い換えた方がいいのではないかとも思ったが、
眼鏡を買い換える時間もないほど多忙なのだろう。
心底彼女にも同情した。
「佐藤リサさん、鬼頭マネージャー。このたびは、うちの西園寺がお世話になります。」
彼女は、カバンの奥底から名刺を取り出し、鬼頭にそれを渡した。
「如月さん。こちらこそよろしくお願いします。」
鬼頭も如月さんに名刺を差し出した。
私は、何故だか全身が震えていた。
昔から彼女の顔を見ると、緊張してしまう。
もう関係のないことなのに。
もう怯えなくても良いのに。
だが私の脳は、あの時の出来事を鮮明に覚えているのだ。
でもあんなことがあったのに、何故彼のマネージャーは、私との共演を許したのだろうか。
そんなことを考えていると、彼の美しい声が聞こえてきた。
「リサちゃん、よろしくね。」
彼は、そう言って手を差し出してきた。
いつものように営業スマイル。
この笑顔は、仕事をしている時の彼の笑顔だ。
5年前は、素人のようなあどけない表情を浮かべた。初々しい彼だったのに対し、
5年で芸能界と言う場所に染まったのだろうか。
彼は、頭の先からつま先まで、西園寺ルイだった。
キラキラと光るアイドルであり、俳優であり、芸能人だった。
誰にもう壊されることがないほど、完璧に作り上げられたアイドルだ。
そう感じた。
そして彼は、私のことを、りさちゃんと呼んだ。
付き合っていた時は、私のことをリサって呼んでいた。
絶対に今考えることじゃないのに、そんな小さなことが気になった。
当たり前だけどそのことに何故か悲しくなった…
いやいや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「るいくん。よろしくね。」
私も精一杯の愛想笑い、女優の佐藤リサとして彼と握手を交わした。
「では本読み、始めます。皆さま集合お願いします。」
ADさんの声がけと共に椅子に腰掛けると、私たち演者に台本が配られた。



