そう意気込んで挑んだ次の日。

私は、あるスタジオにいた。

カシャカシャカシャカシャ。

カメラのシャッター音が鳴り響く。

カシャカシャカシャカシャカシャカシャ。

「あ、いいね。」

半袖Tシャツ、破けたGパン。

パーマのかけられた茶髪ロン毛。

カメラマンの斉藤さんがカメラを覗きながら、私たちに声をかけてくれる。

彼のレンズの先には、私とルイ。

私とルイは、ポーズを決める。

今日は、雑誌の撮影日だった。

「あ、いいね。2人もうちょっと近づこうか。」

斉藤さんが一瞬レンズから目を逸らし、片目を瞑りながら、手を動かす。

私がじっとしていると、ルイが私の腕を掴み、自分の方へと近づけた。

キュン。

私の鼓動が動き出す。

「お、いいね。じゃあ、見つめ合おうか。」

「え?」

思わず心の声が漏れてしまった。

「リサちゃん、どうした?」

斉藤さんが再び、レンズから目を外した。

「いや、なんでもないです。」

ルイが私の目を見つめる。

あああこういう時ってどこを見たらいいんだっけ?

目?それとも鼻?目と目の間?

あああ変な汗かいてきた。

ルイは、先程から表情が1つも変わってない。

さすがだなぁ。余裕そう。

私なんて、目を見るだけで、精一杯なのに。

ルイの顔をこんな至近距離で見たのは、何年振りだろう。

5年ぶりかな?

改めて見ると、やっぱり綺麗な顔してるなぁ。

…って何考えてるんだろう、私。

仕事!仕事!集中!集中!

「おっけい。」

やっと終わった。

死ぬかと思った。

安心していると、

「じゃあ、抱きしめあってるショットも撮っとこうか。」

「え?」

再び大声を出してしまった。

私は、恥ずかしさのあまり口元を抑える。

隣で口元に手を置きながら必死に笑いをこらえるルイ。

「リサちゃん?どした?」

心配そうにこちらを見ている斉藤さん。

「いえ。久しぶりの撮影でちょっと慣れてなくて…」

「そうか。リサちゃん、恋愛もの久しぶりだっけ?」

こちらへ向かってくる斉藤さん。

「はい。すみません。でも大丈夫です。し、仕事なので、か、完璧にやり遂げたいと思います。」

「さすが、リサちゃん。プロだね!」

ふざけながら指を指す斉藤さん。

私は今年で女優歴10年。

こんなこと朝飯前に決まっている。自分にそう言い聞かせながら、体のあらゆるところを叩き、気合を入れた。

うん。うん。うん。

そうそうそう。大丈夫。

私は、女優。

私は、女優。

うん。よし。

頬を叩く私。

隣にいるルイが後ろを向いた。

彼の肩が上下に動いているのを感じた。

そう。

彼は、笑いをこらえているのだ。

彼の余裕そうな態度に私は、内心イライラしていた。

「お!リサちゃん、気合いの入れ方、男前だね。」

再び指を指してくる斉藤さん。

俳優モードへと切り替わったルイが私に近づいてくる。

この顔は、西園寺ルイではない。

ドラマの主人公であるあきらの顔をしていた。

私もそれにつられて、あずさの顔になる。

あきらがあずさを抱きしめる。

「お、いいね。ルイくん、いいね。」

ノッテきた斉藤さん。

私の耳元に彼の口元が当たる。

耳元でルイが話しかける。

「リサちゃん、どうしたの?」

私の耳元で囁くルイ。

「え?どうしたのって?」

「いや、なんか様子がおかしいっていうか。」

「そう?普通だけど?それよりルイの方が余裕がありすぎるじゃない?」

「お、俺?」

「うん。元カノと抱き合ってるのに、なんでそんなに余裕そうなの?」

そう言うと、彼は、私から離れて、私の両肩に手を置きながら、

「そう見えてる?」

と言いながら、私の顔を覗き込む。私の頬は、あまりの恥ずかしさから赤面してしまった。

「うん。見えてるよ。」

私はそんな思いを彼に悟られないよう、彼の目をじっと見返した。

「なら良かった。」

彼は、ホッとしたような表情を浮かべる。

「なら良かったってどういう意味?」

私の声は、スタジオ内に響いた。

「リサちゃん!どうしたの?」

慌てている斉藤さんやスタッフたち。

「あ、あ、あ、す、すみません。」

隣を見ると、口元を抑えて笑っている彼。

私の恥ずかしさと彼に対するイライラは、ピークに達しようとしていた。

「ちょっと休憩入れようか。」

そんな様子の私たちを見て、気を使ってくれたスタッフさん。

「はい。す、すみません。」

申し訳なくなる私。

ルイが笑ってる。

「ちょっと!ルイ!なんで笑ってるの?」

私は、彼の腕をペシペシと叩く。

「今日のリサちゃん、なんか面白いから。」

彼は、腹をかかえて笑う。

なんか久しぶりにこんなに笑う彼を見た。

いつも撮影では、気を張っていて、いかなる時も俳優西園寺ルイとして、そこに存在している。

撮影所での彼の笑顔は、営業スマイルであり、アイドルスマイルであり、どこか目が笑っていないようなそんな気がしていた。

でも今日の彼は、心から笑っている。

3年前付き合っていた頃に私に向けてくれていた少年のような彼だった。

「ルイが変なこと言うからでしょ?」

私は、再び彼のことをペシペシと叩く。

「変なこと?そのままの意味だけど?」

彼の表情は、真剣なものへと変わった。

「え?」

「ルイ!休憩の間に取材、済ませてしまおう。」

落ちてくるメガネを必死に上に上げながら走ってくる如月さん。

「はい。わかりました。リサちゃん、じゃあ、またあとでね。」

彼は、どこかへ行ってしまった。

なら良かったってどういうことだったんだろう?

そのままの意味ってどういうこと?

ルイも本当は、余裕がないってこと?

あああ。もう分からない。

結局脚本についてもまだ聞けてないし。

あああ。考えることが多すぎてなんか疲れてきた。

私が髪の毛をグシャグシャ掻いていると、

「リサ!大丈夫?なんか今日様子がおかしいけど?」

心配そうに私の顔を覗き込む鬼頭マネ。

「うん。ちょっと久しぶりの撮影で緊張してるみたい。」

「そ、そうか。無理しないでね?」

そう言って私にペットボトルの水を渡してくれた鬼頭さん。

「次は、取材があるみたいだから行こうか。」

「はい。」

取材スペースに行くと、2つの椅子が並べられていた。

隣には、ルイがいた。

どうやら2人での取材らしい。

私たちの目の前には、ボイスレコーダーを片手に持った雑誌編集部の女性。

「今回のドラマは、格差恋愛がテーマですが、お二人は、これまで格差恋愛をされたことってありますか?」

彼女は、手に持っていたボイスレコーダーのスイッチを入れた。

「そうですね…ありますね。」

彼がそう答えた。

え?あるの?

そんなことはじめて聞いた。

「そうなんですね!ということは、今回のように、一般の方とお付き合いされたことがあるということでしょうか?」

「いえいえ。5年以上前の話ですね。自分よりも有名な方とお付き合いしたことがあります。」

え?そうなの?

ルイよりも有名な人ってもしかしてさくらさん?

やっぱり2人は付き合ってたんだ…

やっぱり私は、浮気されてたんだ。

さっきまでの思いは、自分のうぬぼれだった。そう突きつけられたような気持ちになった。

「そうなんですね。ルイさん程の人気者でも、追いかける恋愛をされていた経験があるんですね。」

「そうですね。僕は、追いかける恋愛をすることが多くて、今も追いかける恋愛をしている最中ですね。」

そんな私の思いとは、裏腹に恋愛に関しての質問が続いていく。

今も追いかける恋愛をしているの?

やっぱり今でもさくらさんのことが好きなの?

2人はもしかして付き合ってるの?

インタビューが続けば続くほど、考えたくないことを考えてしまう。

「お、それは、今も恋愛中ということですか?」

ルイが恋愛に関して答える事は非常に珍しいことである。そのため、編集者の女性もの質問する口がなかなか止まらなかった。

そんな様子を見かねた如月さんが 

「こ、これ以上は、恋愛関係の質問は、控えて頂けますか?ルイは、アイドルなんです。」

女性記者とルイの間に割って入った。

いつもならば、この行き過ぎた如月さんの彼に対する過保護加減に嫌気を刺すところだが、今ばかりは彼女に感謝したい。

「では、佐藤さんは、いかがでしょうか?」

「え?わ、わたしですか?」

完全に気が抜けていた。私は思わず大声を出してしまった。その様子を見たいが、隣で笑いをこらえているのが目に見えた。私は再び彼にイライラしてしまった。

「そ、そうですね…」

私は回答に困ってしまった。まさか私にまでこの質問が来るとは思っていなかった。

どうしよう。

涙と直接話せるチャンスなんてほとんどない。

彼はいつも如月さんを始めとするスタッフに完全に守られている。

私が彼に対する思いを伝えるならここしかないのではないか。

そう思った。

私は気づくとこう口にしていたのである。

「私も若い時に、自分よりも人気のある方とお付き合いしたことがあります。なので今回のあずさには、感情移入できる部分もあります。」

私がそう答えると隣にいた彼が私の方を振り向いた。

私は彼の目を見ることができなかった。

そんな私たちのぎこちない雰囲気にも動じずインタビューは続いていく。

「特にどういったところに感情移入されましたか?」

「そ、そうですね。」

今回のドラマでは感情移入できる部分が多い。

アキラが多忙で中々連絡が取れなくなった時に、不安になるあずさが涙と付き合っていた頃の私と重なる部分があった。

私は包み隠さずそう答えた。

「そういうすれ違いで恋人と別れた経験ありますか?」

 私は他に好きな人ができて別れたりする事はなかった。

そのためこれまで恋人と別れる時はすれ違いで別れることが多かった。

このことをインタビュアーに話したときに、私は重大なミスを犯したことに気づいた。

私はルイと別れるときに、他に好きな人ができたと嘘ついていたことを全く思って忘れていたのだ私があの時言った言葉が嘘だと言うことが伝わってしまったのである

。私がこの言葉を言った後すぐにるいはこちらを向いた。

「そうなんですね。貴重なお話、ありがとうございました。」

そんなこんなしているとインタビューが終わったことに気づいた。

私たちはインタビュアーにお辞儀をしてお辞儀をした。

その後すぐだった。彼が私に話しかけようとしていたことに気づく。

「リサちゃん…」

私は彼の方を見た。

「ルイ!次の取材、行くわよ。」

彼が何かを言いかけようとした。

その時いつものように彼女がやってきた。こういう時にいつも思う。

彼女が止めに来なかったら、彼と話せるのになと。

彼は彼女に連れられ、次の取材場へと向かっていったのである。