「今年の新人賞は、〈届かぬ想い〉で主演を務めました佐藤リサさんです。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。今回受賞させて頂いたという事実にまだ実感が湧かないのですが、この勢いのまま日本を代表する女優になれるよう今後も努力を続けたいと思います。」
5年前の授賞式で、こう語った私だったが、そうは上手くいかなかった。
デビュー当時は、注目の若手女優として、少女漫画の実写化映画でヒロインを務めるなど人気女優への道を突き進んでいたはずだった。
しかし年齢の上昇に伴い、仕事が激減し、現在に至る。
この状況を打破すべく、今日も後藤マネージャーと共にテレビ局を訪れた。
「リサ、今日は鬼頭プロデューサーに挨拶に行くわよ。」
「はい。」
「鬼頭プロデューサー、お世話になってます。planetプロダクションの後藤です。」
「お〜後藤ちゃん。久しぶりだね。どうしたの?」
「今度恋愛ドラマを制作されると伺いまして…うちの佐藤をヒロインとして出演させて頂けないかと思いまして…」
「はじめまして!佐藤リサと申します。よろしくお願いします!」
私は、感情を押し殺して大きな声で挨拶をした。
だがプロデューサーは、私の顔を見ると、嫌そうな顔をした。
まあそれも仕方ないだろう。
旬が過ぎ去った25歳の女優をヒロインに起用するメリットなどないからだ。
それは、自分でもよくわかっている。
まあいつものことだからいちいちこんなことでヘコんでいる場合ではない。
「あ!西園寺るいくんじゃないか!」
さっきまで私の目を見ずに下を向いていた鬼頭プロデューサーが急に上を向いて声を張り上げた。
国民的アイドルグループ「Rabbit」のメンバー西園寺るいが現れたようだ。
「鬼頭プロデューサー!お疲れ様です!」
「君が今度の恋愛ドラマで主演をしてくれると聞いて本当に嬉しかったよ!引き続きよろしくな。」
「はい。もちろんです。」
プロデューサーを見ていた彼がこちらを向いて話しかけてきた。
「あ!リサちゃん?久しぶりだね。覚えてる?〈届かぬ想い〉っていう作品で共演したよね?」
「うん…もちろん!この世であなたのこと覚えてない人なんていないでしょ。国民的スターなんだからさ…」
彼が話しかけてくるとは思わなかった。
私のことなんてもう忘れていると思っていた。
そんな私たちを見て、KYなのか営業熱心なのか後藤マネージャーが口を開いた。
「鬼頭プロデューサー!〈届かぬ想い〉のファンも多くて、るいくんとリサの恋愛ものをもう一度見たいっていうファンも多くいるんですよ。」
「たしかに…届かぬ想いは、俺も見たが、かなり良かったしなぁ…考えておくよ。」
そう言ってプロデューサーは、その場を去った。
「よかったね。リサ!!!」
満面の笑みで私の顔を見た後藤さんは、私の表情を見て何かを思い出したようだった。
「あ、、、」
私たち3人になんとも言えない空気が流れた。
そんな中、るいが話しかけてきた。
「リサちゃん!久しぶりだね。元気だった?」
「うん。元気。るいくんは?」
「俺もまぁまぁ元気かな。」
彼は、言葉とは裏腹に疲れた表情をしていた。私は、そんな彼を見て思わず、
「忙しそうだもんね…」
と言った。
たわいもない話をしていた私たちだが、しばらくして会話が途切れてしまった。
私たちは、気まずさで上手く息が出来ずにいた。
そんな時、遠くから声が聞こえた。
「るい!ここに居たの?どこに行ったのかと思ったじゃない。」
いかにも焦った様子で彼のマネージャーである如月さんがこちらへ走ってきた。
「あ、、、後藤さん、リサさん。お久しぶりです。」
如月さんは、私の顔を見て嫌そうな顔をした。
「じゃあ、俺次の仕事あるみたいだから行くね。またね。」
「うん。またね。」
彼は、如月さんに連れられ、この場を後にした。
何故こんなに私が気まずさで死にそうになっているかと言うと、5年前〈届かぬ想い〉という作品で共演後、私たちは、付き合い、恋人関係になった。
しかし、容姿端麗で性格も良い人気アイドルの彼を周りの女性が放っておくはずがなかった。
彼と私以外の女性と撮られた写真が週刊誌に掲載されたのだ。
いわゆる浮気というやつだ。
その事実を知った私は、彼に一方的に別れを告げた。
その日以来、3年間彼に一度も会っていなかった。
何故彼は、わざわざ私に話しかけてきたのだろう。
鬼頭プロデューサーに冷たくされていたのを見て、助けてくれたのかな?
いや、考えすぎよね…彼はアイドルであり俳優。
誰にでも愛想よく話しかけるのよね。そうそう。
乱れた心を整えるため自分にそう言い聞かせた。
そんな私を見て後藤マネージャーが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「リサ…ごめんね。さっき。私営業かけるのに必死でリサがるいくんと付き合ってたのすっかり忘れてて…」
「いや、いいんです。もう昔の話なので。」
「そう?…」
彼と別れた後、精神ズタボロになっていた私を知っている後藤さんは、心配そうに話しかけてくれた。
「でもさすがに元彼との共演は、辛いかもです。せっかく営業をかけてくれたのにすみません。」
「全然!気にしないで!他の仕事持ってくるからさ。」
「ありがとうございます。」
もう二度と彼に会うことがないと思っていた私だったが、まさかあんなことが起きるとは、この時の私は、思いもしていなかった。