潮に去勢された少年



それは一体、どのくらいの時間だったのだろう…。
文字通り潮に呑み込まれ、流れに任せるほかなかった少年には、判断の術がなかった。


だが、サダトと海との特殊な時間とそれを共有する空間は、彼自身の深淵に刻み込まれていった…。


***


「サダ坊!しっかりしろ‼」


「サダト兄ちゃん、目を開けて‼お願いだから…。おじちゃん、お兄ちゃん、目を覚まさないよー!」


「おそらく海水を大量に飲み込んだんだろう」


磯彦は人工呼吸の要領で、サダトの口から海水を吐き出させていた。
サダトが意識を取り戻したのは、船が陸に着く直前だった。

***


「なら、オレはこのまま有波先生んとこへサダ坊を連れてくからよう、源ちゃんは流子を家まで頼むわ」


「わかった。なら、そっちの本家には病院から電話入れるような。皆、心配してるはずだから」


磯彦は黙ってうなずくと、サダトをおぶって、漁港に駐車してあった軽トラに乗り込み、約3キロ先の有波病院に直行した。
流子は源汰に手を引かれ、心配そうに見送っていた。


***


その日の昼前…、有波病院…。


「ああ…、磯彦さん、そう心配はないようじゃ。外傷はいくつもあったが、おそらく魚が接触した擦り傷とアザじゃろ。まあ、経過は看る必要があるが、このまま大岬におるんなら、何かあれば連れてきなさい。ただし、あの子が埼玉の家にもどったら、念のため、あっちの大きい病院に診せた方がいい」


ひと通りの診断と検査を終え、有波医師は磯彦にこう、まずは告げた。


「わかりました。ふう‥、しかし、よかった。もう少し遅かったら浦潮に持って行かれてましたよ」


「うむ…、やはり大岬の潮は怖いのう…。それで…、あの子の服を脱がせて気づいたんだが、どうやら射精したようだ」


「???」


勝彦はすぐにはこの老医師の言っている意味が読み取れなかった。


***


「…まあ、ちょうど思春期の盛りだしのう…。後々、心的外傷が尾を引かんといいが…。さぞ、恐ろしい思いをしたのだろうから、トラウマのようなもんを抱えたらかわいそうだしな…」


有波医師は、看護師に擦り傷の手当てを受けているサダトを遠目で見つめながら、しみじみと語った。


”サダ坊はおそらく無意識に立ち泳ぎした態勢で、潮に乗った魚に股間を何度も突かれたんだろう。その恐怖心もあって、連続的な刺激で射精したんだ…”


磯彦はこの時点で、サダトが潮に引っ張られて、溺れかけた中で彼に何が起こったのか概ねは把握できたていた。

そしてこの体験こそが、後に全国的アイドルとして活躍する甲田サダトの心とカラダに大きな影響を及ぼす、”何か”を刻印させることとなる…。